手を止めて、目に焼き付けた。日本代表が挑んだワールドカップ(W杯)ロシア大会1次リーグのセネガル戦。後半42分、背番号11のFW宇佐美貴史(26=デュッセルドルフ)がピッチ脇に立った時、私は原稿を打つのを止めた。宇佐美が途中出場でW杯デビューする瞬間。スタジアムの記者席から見える表情、しぐさ、プレー、しっかり覚えておこうと思った。

セネガル戦でドリブルする宇佐美(2018年6月24日撮影)
セネガル戦でドリブルする宇佐美(2018年6月24日撮影)

 入社1年目だった15年1月、私はガンバ大阪担当になった。当時、Jリーグで得点王争いするなど注目度が高かった宇佐美の原稿を一番書いた。あれから3年半。W杯という大舞台で宇佐美の姿を見ることができた。今まで宇佐美の涙は何度も見てきたし、2度目のドイツ挑戦で味わった悔しさも知っていた。だからこそ、宇佐美のW杯デビューには少し特別な思いがあった。

 宇佐美自身、今回のW杯に懸けていた。メンバーに選ばれて、出場することを1つの使命のように感じていた。まさに、自らへの挑戦。16年夏にG大阪からアウクスブルクへ移籍するも、出場機会に恵まれず、苦しい時期が続いた。だが、W杯に出場するため、昨夏に2部だったデュッセルドルフ(今季から1部)へ期限付き移籍。この移籍である意味吹っ切れた。W杯に向けてひたすら全力を尽くすことを決めた。

 「大きなチャレンジ、成長を求めた先(アウクスブルク)で思い通りじゃない結果になって『こういうつもりじゃなかった』って思った。でもその一方で『今プレーしてもいいプレーできひんな』って思う自分もいた。何か変えないと、って思っていた、ずっと」

コンディショニングのカギは「食べ方」

 環境を変えて、昨年12月頃からまずは体質改善に取り組んだ。ダイエットではなく、効率良く栄養を吸収するにはどうしたら良いか。栄養学専門の先生に個人的に授業を受け、消化器官について徹底的に学んだ。

 「消化吸収をイメージしながら食べるのが大事。例えば食事の前に発酵食品取る。発酵食品を取ってゆっくり物食べるっていうのが大事。老廃物を少なく、体に吸収させていくか。オフの日は朝昼(ご飯)食べへんでオレンジジュースだけの日を作って、臓器休ませる。食べへんで動いちゃうと筋肉破壊されちゃうから、動かへん日を作る。臓器を休憩させて、ご飯を食べる前に納豆やキムチ、漬物食べると胃がいい準備をする。ヨーグルトを寝る前に取る。そうしたら善玉菌が胃の中にいてくれるから、次の日の朝、万全の状態で起きられる」

 食生活を変えてから1週間ほどで約2キロ減。食べる量は変えなかったため「シュートのパンチ力も落ちひんかった。いいコンディショニングの仕方を学べた」と手応えを得た。

弱点克服でフルに戦える体に

 ちょうど同じ時期から個人トレーナーの田辺光芳(みつよし)さんと肉体改造にも取り組んだ。宇佐美の代名詞でもある独特のリズムから生まれるドリブル。もともと周りに比べて「筋肉がしなやか。柔らかい」と、田辺さん。恵まれた体を持つ一方で、鍛えられていない部分もあった。

 田辺さんは「右の肩甲骨が少しかたかった。走る時に無駄な力が入ってしまって、90分間プレーすると疲れやすかった」。肩甲骨周りの筋肉を鍛え、走り方のチェックは日本にいる田辺さんと動画でやりとり。肉体改造することで「無駄な力が取れて、走りにロスがなくなった。試合終盤に力を残しておけるようになった」(田辺さん)。宇佐美自身、課題だった運動量が増え、今年に入ってからは所属クラブで4試合連続得点も記録。特に4戦連発となったデュイスブルク戦のゴールは先発出場していたものの、後半43分に走り込んでフリーで受けてのシュートだった。

 今大会に向けて、宇佐美は努力していた。W杯ではゴールという結果を残せなかったかもしれない。1次リーグ第3戦ポーランド戦で先発したが、得点することはできなかった。だが、この悔しさをバネにしない男ではない。今回の景色は絶対に忘れないはず。4年後、宇佐美は必ずもう1度W杯の舞台に戻ってくる。【小杉舞】

(2018年7月8日、ニッカンスポーツ・コム掲載)

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