<選手のための餃子づくり/上>

ご飯をあまり多く食べられない―。前回、そんな悩みを持つバドミントン奥原希望(26=太陽ホールディングス)のちょっとした工夫を紹介したが、多く食べることが得意じゃないトップアスリートはほかにもいる。

フィギュアスケートの羽生結弦(26=ANA)も有名な1人だ。その羽生がふと漏らした言葉から生まれた壮大な企画がある。それは「アスリートのための『餃子』」作り。少しでも食事を楽しみながら効果的な栄養補給を摂ってもらおうと、脂っこいイメージが強くて試合直前に食べてはいけない餃子のイメージを懸命に覆した開発秘話を2回にわたって紹介する。

「でも…」ふいにこぼれ出た羽生の言葉

練習の合間に補食を口にする羽生結弦(2018年2月22日撮影)
練習の合間に補食を口にする羽生結弦(2018年2月22日撮影)

フィギュアスケートのジャンプで、高速回転を可能にする一因に体の細さがある。4回転ジャンプが当たり前の昨今、回転軸が細ければ細いほど回転は速く鋭く、ジャンプも安定する。

線の細さと、筋力の強さ、回転の鋭さ。それらのバランスを高次元で模索する羽生にとって、食事は大きなテーマの1つだった。

以前は極端に言うと、一口食べて「ごちそうさま」というほどの小食。その対策として、鍋物を中心にしたり、1日3食に加えてだし入りおにぎりを補食に摂るなど工夫を重ねてきた。ショートプログラム、フリーとも濃密なプログラムを滑りきるだけの体力を培ってきた。

ただ、多く食べることはもともと得意ではなかった。

ある日のことだった。食欲がないときの食事をどうするか。栄養サポートを行っている味の素ビクトリープロジェクト(VP)の栗原秀文氏とそんな会話を交わしていたとき、羽生がふと漏らした。

「でも、餃子だったら食べられます」「餃子はテンションが上がる」

難題に挑ませたアスリート100人の意見

餃子。高カロリーで脂質がいっぱい。簡単に言うと「太る」イメージがある。アスリートはあまり食べられないな…と思うのが普通の反応だろう。食に携わる人であれば、なおさら。

だが、この言葉を栗原氏は聞き流さず、丁寧に拾い上げた。脂質いっぱいなイメージの「餃子」に対して、果たしてほかの選手たちも同じように思っているのだろうか、と。すぐ味の素VPがサポートする100人のアスリートにアンケートを行ってみた。すると「餃子が好き」の回答は9割以上も集まった。

ただ、試合前や当日に食べる選手は1割にも満たなかった。敬遠する理由として、やはり「脂が多いから」が最も多かった。

餃子が好きな選手はたくさんいた。本当は腹いっぱい食べたいと思われていた。でも、油がたくさん使われて脂質も多く、特に試合直前は食べてはいけない、と敬遠されていた。

「もし試合前に食べられたら、うれしいのでは」

羽生のように誰しも苦手はある。「正しい栄養だから」という理由だけでは、そう簡単に食べられない。それでいて、食べたくても食べられないものもある。でも、それが食べられるようになったら喜んで口にするはず。

「楽しみながら栄養摂取」の課題に挑むべく、アスリートのための「選手強化ギョーザ」の開発が始まった。

うれしそうに試食する奥原希望(味の素VP提供)
うれしそうに試食する奥原希望(味の素VP提供)

掲げた4つの課題、難航した「脂質」の壁

自宅で開発に取りかかった栗原氏が掲げた課題は4つ。①脂質を抑えること、②おいしいこと、③エネルギー摂取に役立つこと、④コンディション調整に役立つこと―。

難航したのは①だった。脂質を抑えようと赤身のひき肉を多くすると、パサパサ感が出てしまう。そこで考えたのは、食品メーカーのノウハウや「アミノ酸のはたらき」を最大限に利用することだった。グループ会社の「味の素冷凍食品」の餃子開発担当者にも参加してもらい、まさに壮大なプロジェクトに発展していった。アスリートにも試食してもらいながら、試行錯誤を繰り返した。

2020年7月、ついに2つの「選手強化ギョーザ」が完成した。その名は「エナジーギョーザ」と、「コンディショニングギョーザ」。開発に取りかかってから10カ月が経っていた。【今村健人】(つづく)

完成した「エナジーギョーザ」(上)と「コンディショニングギョーザ」(味の素VP提供)
完成した「エナジーギョーザ」(上)と「コンディショニングギョーザ」(味の素VP提供)