妊娠中に母親が青魚に多く含まれるDHAやEPAなどのオメガ3系脂肪酸を多く摂っていると、生まれてきた子どもに対して不適切養育行動(叩く、激しく揺さぶる、家に1人で放置する)を取るリスクが低くなるとの研究結果がこのたび、発表された。富山大学学術研究部医学系公衆衛生学講座、松村健太講師らのグループが明らかにした。

オメガ3系脂肪酸にはかねて、人に対する暴力的・攻撃的行動を抑制する効果があるとされ、動物実験では母獣の養育行動を促す効果があるという報告がある。

この研究では、9万2191人の妊婦を対象とし、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量と母親による生まれた子どもへの不適切養育行動との関連性を明らかにした。妊娠中に母親がオメガ3系脂肪酸を積極的に摂取することで、子どもへの身体的虐待やネグレクト行動を減らせる可能性が示唆された世界で初めての研究だとし、精神医学の専門誌「PsychologicalMedicine」に6月25日にオンライン掲載された。

妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取が、なぜ母親による生まれた子どもへの身体的虐待やネグレクトという不適切養育行動を軽減させるのか、そのメカニズムは明らかではないが、その報告ではいくつかの作用経路が考えられるとして、3つの要因を挙げている。

1つ目はストレス反応の低減効果。オメガ3系脂肪酸は、ノルアドレナリン、ドーパミンなど情動に関わる神経を調節すると共に、自律神経の高ぶりを落ち着かせ、ストレス反応(=闘争-逃走反応)を抑制する効果がある。育児ストレス場面では、母親の生まれた子どもに対するストレス反応、つまり「身体的虐待につながる闘争反応」「ネグレクトにつながる逃走反応」が減少した結果、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動も自然と減少したと考えられる。

2つ目は抑うつ症状の軽減。オメガ3系脂肪酸には、抗うつ作用があることから、母親による生まれた子どもへの虐待行動の危険因子の1つである産後うつ症状が軽減されることで、母親の精神状態が安定し、不適切養育行動が減少した可能性がある。

3つ目は生まれた子ども自身の行動変化を介したもの。子どもがオメガ3系脂肪酸を摂取することにより、子どもの攻撃的・反抗的な行動や多動性が軽減することが知られている。母親の必須脂肪酸の血中濃度は新生児の必須脂肪酸の血中濃度と関連があり、妊娠中の母親の血液を介して胎児に移行したオメガ3系脂肪酸によって、生まれた子どもの行動が落ち着いたものになる可能性があり、その結果、母親が育てにくさを感じることが減り、不適切養育行動が軽減した可能性が考えられる。

2017年のユニセフの報告書によると、世界の2~4歳における子どものうち4人に3人(約3億人)が、母親などの養育者から定期的に虐待を受けているという。そのような虐待行為の背景には、精神病理的要因、社会経済的要因、環境的要因などがあるとされている。子どもへの虐待が深刻な状況であるにも関わらず、そのリスク要因は複雑で多岐にわたり、周囲からの介入が難しいものが多い。

しかし、妊娠中期および妊娠後期におけるオメガ3系脂肪酸摂取量を増加させることで、母親による子どもへの不適切養育行動のリスク減少の可能性があるとしている。

妊娠中の母親に、オメガ3系脂肪酸の摂取を推奨することは、従来の妊婦に対する栄養指導を早期からより丁寧に継続することで可能。なお、オメガ3系脂肪酸がたくさん含まれるイワシ、サンマ、アジなどの小型の青魚は、食物連鎖でメチル水銀などの有害物質が濃縮されることはまれであり、妊娠中において摂取量を特に注意する必要はないという。

ただし、今回の発表では不適切養育行動の測定を質問票への母親の自己回答から得ていること、生まれた子どもの0~17歳までの期間において生後6カ月までしか追跡していないこと、妊婦のオメガ3系脂肪酸の血中濃度ではなく自記式の食物摂取頻度調査票を使用してオメガ3系脂肪酸の摂取量を算出したため必ずしも正確でない可能性があることなどがあるため、妊娠中のオメガ3系脂肪酸摂取量と母親による生まれた子どもへの不適切養育行動のリスク軽減の因果関係を結論づけるには、さらに研究を進める必要があるとしている。