コロナ禍で最も影響を受けたスポーツは水中で行う競技、競泳だとも言われている。思うような練習ができなかった今季、10月に行われた大学日本一を決める日本学生水泳選手権(インカレ)で、明治大学水泳部(競泳部門男子)は周囲の予想を覆す圧勝で、2年ぶりに王座を取り戻した。

王座奪還で沸く明大水泳部(左端が佐野監督、提供写真)
王座奪還で沸く明大水泳部(左端が佐野監督、提供写真)

2015年から4連覇も昨年は2位

個人メドレーで世界選手権でも活躍した明大OBの佐野秀匡監督(36)が就任した翌2015年、明大は86年ぶりに学生日本一に輝いた。18年まで4連覇したが、昨年は日大に敗れて2位。ライバルの強さは際立っており、「今年も簡単に倒せる相手ではない。周りからは無理だとずっと言われていた」と本庄智貴主将(4年)は振り返る。

インカレでは個人やリレー種目の順位で得点が与えられ、その合計で総合順位が競われる。選手の種目別ランキングを見ると、シーズン前は日大に大差をつけられていた。今季のチームには2年前の4年生、東京五輪で自由形金メダルを狙う松元克央(23=セントラルスポーツ)のような大エースはいない。それが、半年後にはほぼ全員がベストタイムを更新し、宿敵との差をぐっと縮めるまでになった。

「元々コミュニケーションが良いチームですが、あの時のチームワークは、抜きん出て良かった」と佐野監督が強調するように、無観客試合となったインカレでも好成績が次々と生まれた。「まさに、みんなでつかんだ日本一」(本庄主将)。目標としていた大舞台で、強いメイジの真骨頂を見せつけた。その裏には、勝つための食事を土台とした肉体強化があった。

男子20人の合宿所生活、食事は自由

明大水泳部の男子部員は29人。そのうち20人(4年生が抜けた現在は15人)が川崎市多摩区生田にある合宿所で生活している。基本的には先輩・後輩で2人部屋で、食事は個人に任されている。

ご飯、インスタントみそ汁、納豆、卵や調味料は部費で共同購入しているものの、その他の食材は自分で購入しなければならない。自室にある冷蔵庫でそれぞれ保管し、共同のキッチンで調理する「自炊スタイル」。外食しても、コンビニ弁当でもかまわない。多くの食材をそろえるにはお金がかかる、となると手軽で好きなものに偏るケースが多かった。

チャンピオンTシャツを着て笑顔を見せる(左から)中西、本庄、永島の各選手
チャンピオンTシャツを着て笑顔を見せる(左から)中西、本庄、永島の各選手

全国から集まった高校トップクラスの選手たちを、より高いレベルで強化していくには、食事環境の整備と健康管理が長年の課題だった。そこで昨年6月から、日本アスリートフード協会が提供するアスリートフードサポート制度を導入した。

アスリートフードサポート制度を導入

まずは寮外生を含め、選手全員が1~2カ月ごとに、「試合前」や「免疫力アップ」などテーマ別の栄養学セミナーを受講し、チーム全体の知識の底上げを図った。佐野監督から「強化選手」と指定された本庄主将、中西晟(あきら)、永島諒の4年生をはじめ選手5~6人は、アスリートフードマイスター(AFM)1級の講師からマンツーマンで食事指導を受け、月1回、その評価をフィードバックしてもらった。そこで得たことを同僚や後輩たちに還元し、チームの財産にするよう求められた。

明大水泳部をサポートしたAFMの講師。(左から)貴田さん、田口さん、高槻さん
明大水泳部をサポートしたAFMの講師。(左から)貴田さん、田口さん、高槻さん

いつ、何を、どのくらい食べれば良いのか

冬場は1日15キロ、通常期でも10キロ近くは泳ぐハードなトレーニングの毎日。運動後、早急なリカバリーのため、いつ、何を、どのくらい食べれば良いのか、アスリートの食事について正しい知識を得ていった。

夏場は、合宿所に隣接する屋外プールで泳げるが、冬場は1時間前後かかる和泉校舎のプールに移動しなければならない。練習前のエネルギー補給として、練習後すぐにとれる補食は何か。疲れた体でも簡単に作れて必要な栄養素がとれるものは何か。そのために何を購入、準備しておけばいいのか…。買い物や料理の仕方、調理場の掃除、片付けなど衛生面まで指導された。油まみれだったコンロ周辺は、今ではピカピカに輝いている。調味料も今使っているもの、ストックしているものと整頓されており、狭いスペースが清潔に有効活用されるようになった。

マンツーマン指導のビフォーアフター

マンツーマン指導は、選手の課題、目標に合わせたアレンジが必要だ。本庄、中西、永島の各選手のケースとともに、選手たちが「第2のお母さん」と呼ぶAFM講師のコメントを紹介していこう。

本庄主将のケース
168センチ、63キロ、個人メドレー
自己ベスト:200m=2分1秒25(昨年インカレ)、400m=4分16秒62(1月北島杯)

食事指導を受けてからわずか1カ月後、昨年7月の東京都大会での400m個人メドレーで自己新をマーク。実に1年2カ月ぶり、1秒もの更新だった。「食事を変えるだけですぐに試合で結果が出た。練習もバテずに頑張れる」。体が大きくない分、テクニックでカバーするタイプで後半のスタミナ切れが課題だったが、短期間で体の変化を実感した。

「自分で作ったものを見せて、何が足りないのか教えてもらい、自分で考えられたのが良かった。すべて自分のためだったので、やっていて楽しかった」。朝忙しい時は、練習前におにぎりを食べて、練習後に足りない分をそろえて1食分とするなど工夫した。得意料理は青椒肉絲。「疲れたら“野菜たっぷり丼”。引退した今でもその辺は意識している」と野菜の摂取を意識するようになった。

取材のために、特製卵焼きを作ってくれた本庄主将
取材のために、特製卵焼きを作ってくれた本庄主将

「V奪還」の思いは誰よりも強く、コロナ自粛期間中もチームに発破をかけ続けた。一時、自宅に帰った選手たちともオンラインでトレーニングメニューを決めて、水中練習ができない時は陸上トレーニングに励んだ。泳げなくても他のメンバーがコンディションを維持し、すぐにベストタイムを出したことも「本当にうれしかった」。

しかし気負いすぎたのか、見えない焦りがあったのか、高負荷の練習のやり過ぎで6月中旬、左肩のインピンジメント症候群を発症。「インカレで泳ぐことは無理」と言われ、一時は絶望の淵に立たされた。「でも、みんなが『日本一の主将にする』と言ってくれていたので、何があっても折れちゃいけないと思っていた」。チームのために裏方を買ってでて、仲間を鼓舞し続けた。

トレーナーの献身的なケア、食事で体が整っていたことも早期復帰の一因だろう。インカレでは200mはB決勝にとどまったが、専門の400mでは6位入賞。個人成績としては思い描いていたものではなかったが、「無理」と言われ続けた状況を個人でもチームでも覆し、主将としての大役を果たした。

本庄主将の昼食。左のサポート前は野菜の色味も少ないが、サポート後は緑黄色野菜の摂取が増えてきた(提供写真)
本庄主将の昼食。左のサポート前は野菜の色味も少ないが、サポート後は緑黄色野菜の摂取が増えてきた(提供写真)

担当AFM・田口奈央子さんのコメント

個人サポートの際にお願いするのは「何を食べたか、正直に答えてください」ということ。例えば、「ラーメンを食べに行く」と聞いたら、卵とニンニクを追加。予算的にOKなら野菜や海苔も追加してねと伝えますし、次の食事で野菜をたくさんとるとか、足りないものを補うよう伝えました。学生ですし、3食を完璧にそろえるのは難しい。食費にも限りがあるので、理想を掲げても対応できません。フルーツが足りていなければ、果汁100%オレンジジュース、冷凍フルーツで代用。魚は缶詰やかつお節、野菜も冷凍物をストックするよう伝えました。本庄くんは調理が好きで、こちらも楽しくサポートできました。やる気も素晴らしかったので、こちらも真剣に取り組み、少しでも多くの役立つ情報を伝えようと必死でした。

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