野菜のうま味、ダシが出る

でも、まだ終わらない。そう、肝心のちゃんこ鍋だ。使う鍋はかなり大きく、赤ちゃんの産湯代わりになるほど。50人前はつくれるという。「ダシが出て味が変わる。野菜のうまみも出てくる」(師匠)とこだわる大鍋でつくられたのは塩ちゃんこだった。鶏肉と豚肉が半々のつみれで「ニンニクが効いているのがいい」と幕内照強の一押し。食が進み、入門時80kgの体重が50kgも増えたと笑った。

巨大な大鍋でできあがった「特製塩ちゃんこ鍋」
巨大な大鍋でできあがった「特製塩ちゃんこ鍋」

ただ、食卓の風景にその大鍋は現れない。一見、寂しく思えるが、師匠の思いだった。「お客さんも結構来るので、ひっくり返すと危ないし、やけどしてはいけない」。

かつて青森の大先輩で初代横綱若乃花が、ちゃんこ鍋がひっくり返り長男を亡くす悲劇があった。安全を考えた配慮。ちゃんこは他でよそって出すのが伊勢ケ浜流でもある。

塩ちゃんこを手に笑みを浮かべる伊勢ケ浜親方
塩ちゃんこを手に笑みを浮かべる伊勢ケ浜親方

親方現役時は太れず苦労

伊勢ケ浜親方は細身の横綱だった。十両で115kg、幕内で120kg強。三役も130kgに満たずに上がった。「無理やり食べた。1日8000kcal(成人男性の約3倍)を目標に、丼飯は最低4杯」。それでも太れずに苦しんだ。その経験が元にある。部屋1番の大食漢は元幕内でけがで序二段にいる誉富士の「牛丼で大盛り10杯」。これには「付き合うと病気になる」とみんな静観を決め込むが「ちゃんこも稽古。ただ、やるならおいしく、楽しく食べないとね」。部屋のモットーでもある。

「川のトロ」幻の高級魚イトウ

五所川原市など“奥津軽”と呼ばれる青森県の西北地域では日本海が育んだ魚やモズク、ワカメなどの海草類が多くとれる。深浦町では年間を通してヒラメが水揚げされ、幻の高級魚イトウは「川のトロ」と呼ばれる。金アユや長谷川の自然熟成豚は鰺ケ沢町のふるさと納税返礼品でも人気の品。毎夏、地元つがる市(旧木造町)で部屋合宿を行う伊勢ケ浜親方は「スーパーでいろいろ買っちゃう。ヒラメのフライやじゅんさいにスイカ。すじこやたらこは常にあるし馬肉もいい。挙げたらきりがない」と地元愛に満ちていた。

◆伊勢ケ浜部屋 1929年(昭4)に現役引退した元関脇清瀬川が5代目伊勢ケ浜を襲名して創設。第38代横綱照国、関脇備州山、大関清国らを輩出した。07年2月に1度は消滅するも、安治川部屋を継いでいた第63代横綱旭富士が07年11月に9代目伊勢ケ浜へ名跡変更し、名門部屋を再興した。部屋付きの桐山親方(元小結黒瀬川)のほか幕内宝富士、照強ら力士22人(安美錦は名古屋場所10日目で引退)、行司1人、呼び出し3人、床山2人、世話人2人が所属。

◆ちゃんこ 力士がつくる食事のこと。一般的には「鍋」だが、カレーライスやラーメンも、力士がつくれば全て「ちゃんこ」。名の由来は諸説あり、明治時代に長崎に伝わった中国の鍋が「チャンクォ」だったことや、親方を父になぞらえて「ちゃん」、弟子を「こ」として双方の絆をうたう説など。新弟子が稽古を重ねて心も体も力士らしくなることを「ちゃんこの味が染みてきた」とも言う。

取材協力=青森県、青森県ほたて流通振興協会、太子食品工業、つきじ宮川本廛

(2019年7月23日付日刊スポーツ紙面掲載)