<トップアスリートの食事:伊藤華英さん>
競泳背泳ぎ、自由形で北京、ロンドンと2度のオリンピックに出場した伊藤華英さん(33)は現在、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会として活動する傍ら、母校日大の非常勤講師として指導もしている。
そんな中、女性アスリートに感じているのは、女性であることの自覚のなさ、自分を知らない選手が多いこと。「強くなったとしても、男性になるわけじゃない。でも、錯覚してしまうのか、女性を捨ててしまう選手がいる」と神妙な表情を見せる。
婦人科へ行くことの抵抗感を捨てて
トレーニング量に対し、エネルギー摂取量が足りず、運動性無月経になっている10代女子選手がいれば、伊藤さんは「すぐに婦人科で診てもらいなさい」と伝えるが、そもそも「婦人科」へ行くことへの抵抗感がある選手は少なくない。
無月経が長期になれば、エストロゲンという女性ホルモンが分泌されないため骨がもろくなり、選手生命にも影響する。しかし、「生理がない方が楽」「現役のうちは生理はなくていい」「生理がなくなって一人前」などと思い込み、放置してしまう選手もいるという。その末、子どもが欲しいときに取り返しのつかない体になることもある。
低容量ピルも上手に使って
競技者として強くなるには、人間として自立することが重要。「自立するには、自分を知ること。自分が女性であることに向き合うことが大切」と伊藤さんは力を込める。
まず、体組成や食事のデータとともに基礎体温と心身の変化など、体の状態や周期を記録すること。月経異常がある場合、または試合日に最高のコンディションで臨めるよう生理の時期を調整したい場合は、婦人科で処方される低容量ピルの利用をすすめる。ドーピング検査にも問題なく、副作用も少ない。「そういった相談ができ、知識を得るためにも、信頼できる婦人科など専門の機関を使って欲しい」と言葉に熱を込めた。
生理の時は運動してはいけないのか
競泳は、日頃から男女一緒のプールで練習するため「自然と男子が、女子の体のことを理解するような環境にあった」と説明する。体調については、男性コーチであっても逐一報告。伊藤さんは、生理前になると情緒不安定になる月経前症候群を抱えていたが、周囲の理解もあって乗り越えられた。
一方で、いまだ「生理のときは運動をしてはいけない」と思っている指導者や選手がいるのも事実。「月に1度訪れる生理の時期に練習しなかったら、アスリートとして戦えない」。もちろん、さまざまなケースや個人差もあるが、間違った認識のままでいたり、最新の情報がアップデートされない状況に危機感を抱いている。
特に、「中学生のダイエットは、将来の卵巣リスクを高めるのでやってはならない」と声を大にする。体重管理が厳しい審美系競技などの選手は「エネルギー量は少なくても栄養価の高いものをとるべき」と、いくつかのメニューを教えてくれた。伊藤さん自身が実際に作っているものだ。
<伊藤華英さんおすすめメニュー>
*●栄養価の高い食材を利用*
・スーパーフードを利用。キヌアなどを混ぜて雑穀米に。
・ソバの実をゆでてお粥風に
・ギリシャヨーグルトにふやかしたチアシードを混ぜ、ハチミツをかける
・スーパー野菜「ビーツ」を使ったリゾットやスープ
*●部位や調理法に注意*
・肉は赤身を選ぶ。低脂質で貧血予防
・栄養素を失わないコールドプレスジュースやスムージーで野菜をとる
・菓子パンなどエネルギー量の高いものをやめる
現役時代は食事に苦労。引退後はさまざまな勉強をして、スポーツ界にフィードバックしている伊藤さん。若い世代のために、女子アスリートを取り巻く問題について、今後も発信し続ける。
【アスレシピ編集部・飯田みさ代】
◆伊藤華英(いとう・はなえ) 1985年(昭60)1月18日、埼玉県大宮市(現さいたま市)生まれ。東京成徳大中-東京成徳大高-日大。背泳ぎ選手として活躍。世界選手権は01年から4大会連続で入賞し、08年北京オリンピック100m8位。左膝痛などから10年に自由形に転向し、12年ロンドンオリンピックに出場した。同年の国体後に引退し、早大学術院-順大大学院。現在は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のメンバーとして活動。日大非常勤講師も務める。