<女は筋肉 男は脂肪/第2章:体力・運動能力の男女差はなぜ生まれるか(4)>

上半身より下半身が著しい筋力の低下

ここまで、握力と背筋力を例に、筋力は50~60歳から著しく低下することをみてきました。それでも、握力は日常生活でよく使われる部位の筋力ですので、加齢による低下の傾向は比較的緩やかです。

問題は、下半身と体幹の筋肉です。

最大酸素摂取量の男女比のグラフ

下半身には、大腿四頭筋、ハムストリングス、下腿三頭筋といった「抗重力筋」があります。重要な臓器が納まっている体幹と呼ばれる胴体部分には、脊柱起立筋、大殿筋、腸腰筋などの「体幹筋」があります。

抗重力筋も体幹筋も、体にかかる重力に対抗して直立した姿勢を保ち、歩く動作にも深く関わっていますから、下半身や体幹の筋力の低下は、転倒、骨折、寝たきりなど、より深刻な事態を招きかねません。

筋力が低下する要因はなにか

ではなぜ、加齢にともなって筋力が低下するのかといえば、筋量が減少するからです。筋量の減少は、筋線維の数が減少したり、筋線維の断面積が小さくなる、つまり細くなることで生じます。

筋線維が細くなる度合いが大きいのは、太ももの前にある大腿四頭筋です。同じ下半身でも、筋肉によって差があるのは、おそらく筋線維の組成の違いや、ふだんの生活での筋肉の使用頻度の違いが影響しているのではないかと考えられます。

もう1つ、筋量の減少の要因となるのが、身体不活動です。

身体不活動とは、動かない、活発ではない生活状態が続くことで、心身の機能が低下し、生活不活発病を招き、やがては本当に「動けなくなってしまう」ことを指します。

3週間、ベッドからまったく降りないで暮らす「ベッドレスト」という実験の結果、動かないことで筋量が著しく減少するのは、やはり下半身の筋肉でした。特に、ふくらはぎにあたる下腿三頭筋の減少率が大きく、抗重力筋が日々の暮らしでどれほど機能しているか、身体不活動の影響がどれほど大きいかをあらためて示しています。

この実験による筋力の低下の度合いに、男女差はみられませんでした。

トレーニングで高まる筋力

ベッドレストの実験中に、短い時間であっても筋トレを行えば、筋力の低下は防げることが報告されています。

筋力を向上させるには、マシンなどの装置を使って強い負荷をかける高強度のトレーニングが効果的と考えるのが一般的です。しかし、シニアを対象にした場合は、低~中強度のトレーニングでも、長期間休まずに行えば筋力の向上につながることが数多く報告されています。

加齢にともなって男女ともに骨格筋の筋量は減少し、筋力は低下しますが、日常生活で運動習慣のある人は、こうした筋肉の衰えをおさえることができます。

運動習慣と体幹筋の筋断面積の比較のグラフ

シニアの女性で、運動習慣のない人、ウォーキングの愛好者、ローイング(ボート漕ぎ)の愛好者を対象に、脚筋と体幹筋の筋断面積(太さ)を比較した調査があります。

その結果、運動習慣のない女性よりもウォーキングやローイングを日常的に行っている女性のほうが脚の筋量は多いことが判明しました。さらにローイング愛好者の体幹筋のうち、特に大腰筋の筋断面積が著しく大きくなっていました。

こうした効果をもたらしたのは、ローイングが全身を使った運動だからです。

全身持久力の男女差

全身持久力は、女性に比べて男性のほうが高い値を示しています。全身持久力の指標となるのが最大酸素摂取量で、その絶対値をみると、男性を100としたときの女性の割合は60~70%前後です。

しかし、体重あたりにするとその差は縮まり、除脂肪量あたりにすると男女差はさらに小さくなります。

脚力筋の男女比のグラフ

男女差は、酸素を運搬する血中ヘモグロビン濃度が、女性のほうが低いこと、最大換気量(呼吸によって肺を出入りする空気の最大量)も最大心拍出量(最大運動において1分間に心臓から拍出される血液の量)も女性のほうが少ないこと(男性の約70%)などの要因が考えられます。

最大酸素摂取量とは、運動中に筋肉の細胞内にあるミトコンドリア(細胞が使うエネルギーのほとんどをつくり出す、持久力に関する小器官)で使われる酸素の最大量を示すもので、有酸素性能力、有酸素性パワーとも呼ばれています。

柔軟性の男女差

柔軟性のある体とは、取りも直さず「体が柔らかい」、ピンポイントでいえば「関節が柔らかい」ということです。

関節の動く範囲、つまり可動域が広がれば、あるいは一定の角度で関節を動かしたときの抵抗が小さければ、体はしなやかに動きます。

男性より女性のほうが体は柔らかいというイメージがありますが、それは長座体前屈の測定結果にもあらわれています。長座体前屈は、両脚を前に出して座り、ひざを曲げないで上半身を前に屈めて、両手の指先がつま先からどのくらい出るかを測るものです。

4~6歳の幼児期から長座体前屈の値は急速に大きくなり、女子は17歳ごろ、男子は16歳ごろにピークに達します。その後は、加齢とともに緩やかに低下していきますが、14~21歳ごろを除いたすべての年代で、女子が男子を上回っています。

なぜかといえば、筋肉の細胞成分同士を結びつけている結合組織が、女性のほうが柔らかいからで、これには女性ホルモンのエストロゲンが関係している可能性が指摘されています。

柔軟性が低いと、転倒やケガ、動脈硬化のリスクが高まるという報告があります。効果的なストレッチで、ぜひ柔軟性を高めましょう。

(つづく)

※「女は筋肉 男は脂肪」(樋口満、集英社新書)より抜粋