<女は筋肉 男は脂肪/第1章:男女の健康問題を比べてみる(3)>

男女の死因の違い

男女別にどのような病気にかかりやすいのか、発症頻度、発症年齢、部位、病態、予後などの違いは、男女の死因の違いからもみてとることができます。

男女別の死因順位を見ると、男女で順位は少し異なりますが、悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患、肺炎、老衰が1位から5位を占めています。しかし、6位から10位までには、男性には女性の死因順位にはランクされていない慢性閉塞性肺疾患(COPD)と自殺、女性には男性にはない血管性などの認知症とアルツハイマー病が含まれています。

心筋梗塞などの心疾患は、男性は30~40歳代から発症する可能性が高まるのに対して、女性の場合は50歳を過ぎたころからと発症が10年遅くなっています。発症が遅れる理由として、女性ホルモンのエストロゲンや、たんぱく質アディポネクチンの影響があります。

エストロゲンには、血圧を下げる作用、悪玉(LDL)コレステロールの血中濃度を下げる作用があります。脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンには動脈硬化をおさえる作用があり、女性の血液中には、男性の2倍以上の量が分泌されています。

エストロゲンとアディポネクチンのこれらの作用は、いずれも心疾患の発症のリスクをおさえることにつながり、その結果、男性よりも女性のほうが遅れて発症すると考えられます。

また、悪性新生物(がん)は男女ともに死因の1位ですが、その死亡数も死亡率も女性より男性が大きく上回っています。こうしたことも、女性の寿命が男性より長い一因になっていると考えられます。

男女の違いを考慮した医療や健康対策が必要

これまでみてきたように、発症年齢や発症頻度、病態の違いなど疾患の男女差がはっきりしているのであれば、そのことをきちんと考慮した医療や健康対策が必要です。

アメリカでは、1977年の食品医薬品局(FDA)の通達によって、女性は長い間、薬の治験を含む臨床研究から除外されてきました。そのために、女性の健康に関する医学的エビデンス(科学根拠)の不足が問題化したために、1990年代のはじめから、アメリカ政府が主導する医療改革の一環として生まれたのが「性差医療」という分野です。

日本では、平成13(2001)年に日本初の「女性外来」が鹿児島大学に設置されて以来、平成30(2018)年には、その数は全国で328施設にまで増えています(性差医療情報ネットワーク調べ)。

性差医療は、女性のためだけではありません。男性にしかない、女性より発症率が高い、女性より回復の見込みが悪いなど、男性特有の疾患の研究も進みつつあります。男性の健康リスクを高める生活様式を変え、健康指標を向上させるには男性に特化した健康支援の促進が必要です。そのために男性の健康医学の研究者や医療関係者によって構成された日本Menʼs Health医学会が創設され、全国で111の「男性外来(メンズヘルス外来)」が加入しています(http://www.mens-health.jp/clinic)。

このように、医療分野での男女差の研究や、男女別の疫学調査(病気の原因を人の集団で調べてデータを収集すること)は、科学的根拠に基づいた医療(Evidence-based Medicine)や、その進歩のためには欠かせないものとなっています(「男女共同参画白書 平成30年版」内閣府男女共同参画局)。

ここまで、医療分野での男女の差をみてきましたが、次章では、男女の体力や運動能力の差についてふれることにします。

(つづく)

※「女は筋肉 男は脂肪」(樋口満、集英社新書)より抜粋