<コロナに翻弄された人たち:2020年を振り返る>

新型コロナウイルスの感染拡大で、今年のスポーツやイベントは軒並み中止や延期を余儀なくされた。突然、夢や目標を断たれ、あるいは大きな影響を受けた人たちが数多くいた。「コロナに翻弄された人たち」と題して、当時の記事を改めて振り返ってみる。

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今春の第92回選抜高校野球大会(甲子園)は、新型コロナウイルスの感染拡大で史上初の大会中止となった。目前に迫っていた目標が突然消えた選手らは、どんな影響を受けたのか。10月のドラフト会議でソフトバンクから1位指名を受けた花巻徳栄(埼玉)・井上朋也内野手(3年)の言葉は、消沈する当時のチームメートを奮い立たせた。

ソフトバンクから指名あいさつを受け、王貞治球団会長(左)と工藤公康監督のサインボールを手にするドラフト1位の井上朋也(2020年10月27日)
ソフトバンクから指名あいさつを受け、王貞治球団会長(左)と工藤公康監督のサインボールを手にするドラフト1位の井上朋也(2020年10月27日)

甲子園に立てない仲間を気遣った言葉

「自分は甲子園に2回出ているけど、今回初めての選手がいっぱいいた。夏もう1度連れて行けるように頑張っていきます」。

センバツ中止が決まった3月11日、花咲徳栄・井上主将は第一報に接し、チームメートを気遣う言葉を発した。

新型コロナウイルス感染拡大のニュースを日々チェックしながらも、開催を信じて練習を続けてきた。それが目前で立ち消えに。高校生にとって、動揺してもおかしくない事態だ。百戦錬磨の岩井隆監督でさえ「普通なら『センバツに行けなくなって悔しいです』とか『夏に切り替えます』と言う。それなのに井上は出られない子たちのことを考えた。すごく大人だなと思った」と驚いた。井上は高校通算47本(当時)のプロ注目打者にして4番で主将。チームを引っ張る覚悟が見えた発言だった。

センバツ中止となり、神妙な面持ちで心境を語る井上朋也主将(2020年3月11日)
センバツ中止となり、神妙な面持ちで心境を語る井上朋也主将(2020年3月11日)

史上初の事態に動揺する選手もいた。エースの高森陽生投手(3年)は「センバツに向けてずっとやってきたので、中止が決まって受け止めきれない自分がいました」。

昨夏の甲子園で登板し、敗戦投手になった。先輩の夏を終わらせてしまった。忘れ物を取り戻すべく、センバツへの思いは人一倍強かった。悔しさを募らせていると、井上の発言が書かれた記事が目に入った。「自分がチームを勝たせたい。井上と同じで2年生たちを甲子園に立たせてあげたいと思った」。決意を新たに、練習に打ち込むことにした。

飛川征陽外野手(2年)は「井上さんは野球では厳しいけど普段は仲間思いで優しい。すごく大きな存在です」と慕う。昨秋まではベンチ外だったが、冬での成長が評価されて、今春から背番号9を託された。甲子園が公式戦デビューだった。井上から甲子園での経験を聞いていたこともあり、楽しみにしていた。「やりたかったですけど、決まったものは仕方ないです」と前を向く。だが、連れられて行く甲子園は嫌だ。「逆に先輩たちを甲子園に連れて行けるように頑張らないと」。主将の思いやりはチームメートを奮起させた。

中止となったセンバツの模擬開会式後に記念撮影をする井上朋也主将(左)と、本番でもプラカード係だった同校ボクシング部の高橋美波さん(2020年3月19日)
中止となったセンバツの模擬開会式後に記念撮影をする井上朋也主将(左)と、本番でもプラカード係だった同校ボクシング部の高橋美波さん(2020年3月19日)

当初のセンバツ開幕日だった3月19日、ナインは同校のグラウンドで手作りの開会式を行った。センバツのために新調された背番号付きのユニホームをまとい、入場行進に校歌斉唱、紅白戦を行い、区切りをつけた。井上は「センバツがなくなるなんて、ありえない。そんな事態に遭遇して、人生の中で良い経験だったなと思います。夏甲子園に行けるようにまた全員で頑張っていきます」。主将の発言で結束を強くした花咲徳栄は、8月に聖地に戻るつもりだ。【湯本勝大】

(2020年3月25日、ニッカンスポーツ・コム「野球の国から」)

【後日談】
センバツの代替試合として行われた夏の甲子園交流試合で、花咲徳栄は大分商に3―1で競り勝った。高校通算50本塁打を誇る4番の井上は2打数無安打2四球だった。その後、プロ志望届を提出し、ドラフト会議でソフトバンクから同校初の1位指名を受けた。