新型コロナウイルス感染から回復した元近鉄、日本ハム、楽天監督の梨田昌孝氏(66=日刊スポーツ評論家)が26日、日刊スポーツのインタビューに応じ、50日間に及んだ闘病生活を振り返った。生命にかかわる危機を告白。奇跡の生還を果たし、プロ野球開幕に向けて社会復帰に強い意欲を示した。【取材・構成=寺尾博和編集委員】

梨田昌孝氏(2019年3月26日)

99%危険からの生還、悪夢を見ながら「生きている実感」

-厳しい闘病生活でした

梨田氏 みなさんにご心配をお掛けしました。大変苦しい日々でしたが、幸いにも帰ってくることができました。今後のためにも回復に至るまでの道程をお伝えしておきたいと思った次第です。

-退院から約1週間ですが体調はいかがですか

梨田氏 よくここまできたなと思ってるんです。日常に戻った感じです。4月20日頃からリハビリを始めましたが、食事制限もなく、肉も、刺し身もなんでも食べていいと言われてます。今は食欲もあるんです。

-50日間もの入院で体重も減少したとか

梨田氏 ちょうど15キロ落ちました。入院前は99キロになった時点で体重計に乗るのをやめていました。3桁になるのがいやだったからです(苦笑)。おそらく102、103キロぐらいにはなっていたでしょうね。

-リハビリの進捗(しんちょく)状況は?

梨田氏 リハビリの先生から指導を受け、例えば立ったままかかとの上げ下げでふくらはぎを鍛える。あおむけになって腰を上げたり、反ったり。イスに座ったり、立ったり。腕立て伏せも、家の中ですが8000歩ぐらい歩いてます。

-入院までの経緯を聞かせてください

梨田氏 3月25日の夕方を前に体にだるさを感じました。体温は36℃台後半、そのうち37℃を超えた状態が27日ぐらいまで続いた。風邪だと思いました。体も大きいし、コロナとは無縁という感覚でいました。

-当初厚労省による受診の指針は「37・5℃」が4日続けばという内容でした

梨田氏 だから我慢していたんでしょうね。最初は37℃にいってなかったからね。でも28日ぐらいから38℃以上に上がって、(呼吸困難に陥った)30日には結構きつかったみたいで、急激に悪化した。この時点からはあまり覚えてない。あとで女房に聞くと家で転んでたらしいです。

-「重度の肺炎」で救急車で別の病院に緊急入院しました

梨田氏 後でうつぶせで人工呼吸器をつけてる写真を見せてもらいました。肺の映像では3分の2は真っ白でした。病院の先生にうかがったのは、搬送されたときは驚くぐらい深刻な症状で、生命の危険度の高い状態だったようです。97、98、99%は危なかったらしい。あの世とこの世を行ったり来たりした感じですね。

-生死をさまよった感覚ですか

梨田氏 ずっと薬で痛みを抑えながら眠らされていたのですが、幻覚というか、悪夢というか、いい夢は一切見なかった。生かされている感覚? わかりません。ただほとんど悪夢でしたが、それを見るんで、なんか生きてるって感じは多少あるんですよね。

-徐々に容体が良くなって人工呼吸器の装着を外しました。意識が戻ったのはどの時点ですか

梨田氏 どの時点かはわかりません。人工呼吸器が結構深く入っていた気がするんですが、すごい気持ち悪さがあった。管を口から抜かれたときは「オエーッ」としましたが、ふわーっと、なんとなく生きてるんだと感じた瞬間でした。それもうろ覚えですけどね。

-その後はどのような様子でしたか

梨田氏 生きてる感覚はあったが、なかなか水を飲ませてもらえない。高熱で水が飲みたくてしょうがないんですが、一気に飲むと、むせたりして食道、肺に入るのが危険みたい。のどが渇いてうなされ、何百回も「水を飲ませてください」とお願いする夢をみました。せきがでて、たん、つばがでても絶対飲み込んではダメ、全部外に出してくださいと言われました。

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