諦めないで、まずはやり通すこと

中学2年の98年、全国選抜大会に背番号16でメンバー入り。スタメン出場した初戦で結果を出し、大会を通じて先発出場を続け4強入り。99年には背番号1のエース兼3番打者として準優勝。主力選手として成績を出していたが、常に必死だった。

雄平 2年の春に大会で敢闘賞をもらって、テングになっていたんですよね。次の大会で3三振したら、もうメンバー外。甘くないというのを味わわせてもらった。怒られるよりも、現実的にダメだから頑張る、と思える環境でした。

緑東シニアを選んだ時と同じく、高校も寮生活になる強豪の東北を選んだ。2学年上の先輩がプロ入りしたこともあり「プロ野球選手」の夢は現実味を帯びた。01年センバツに出場。高校生左腕として史上初の150キロをマークした。

01年、センバツ大会に出場した雄平

02年ドラフト1巡目でヤクルトに入団、投手として通算18勝を挙げた。09年オフの野手転向から10年。今では強力打線の中軸を担う。夢をかなえプロ野球選手となってからも、厳しい練習を続ける。ベテランと呼ばれる年齢でも、自主的に秋季練習に参加。若手と同じメニューで汗を流す。中学時代から変わらず「自分に負けない」姿勢で取り組んでいる。

雄平 諦めないことが大事だと思います。当時、長距離が苦手だったので、もっと我慢して自分に負けないでやったらよかった(笑い)。得意なことはもちろん、苦手なことにもチャレンジしていくことがレベルアップにつながると思います。中学生には可能性がものすごくあるから、諦めないで、まずはやり通すことが大事。伸びしろがあることを忘れないで、頑張ってほしいです。

ヤクルトの中軸を担う雄平。「諦めないでやり通すことが大事」だとメッセージを送ってくれた

◆雄平(ゆうへい)本名・高井雄平(たかい・ゆうへい)。1984年(昭59)6月25日、川崎市生まれ。東北高で01年センバツ出場。02年ドラフト1巡目でヤクルト入団。投手では09年までの7年間で144試合、18勝19敗1セーブ、防御率4・96。同年オフに外野手へ転向し、11年から登録名を「雄平」に変更。14年からレギュラーに定着し、同年ベストナイン。今季推定年俸1億円。174センチ、83キロ。左投げ左打ち。

(2019年11月13日、ニッカンスポーツ・コム掲載)