彼らをメダリストに、メダリストの家族に

中川英治監督(50)は自身の役割について「監督は単に決断する人で偉いわけではない。何か決断しなければならないときの意思決定をする役割を担っているだけ」と、選手とはフラットな立ち位置でコミュニケーションをとっている。

練習を見つめる中川監督
練習を見つめる中川監督

東京パラではコーチを務めていた。当時は自分のため、指導者経験の1つとして引き受けたというが、今では心境は変わっている。

「選手たちをもう1度、パラリンピックに連れて行ってあげたいと思って監督を引き受けた。すでにその目標はクリアしたので、次は、彼らをメダリストにしたい、彼らの家族をメダリストの家族にしたいという思いでいる」と熱い胸の内を語る。その使命感と熱量で選手たちを突き動かし、成長させている。

「メダル」への思いが強くなったのは、選手たちへのリスペクトがある。見えない生活は不自由を強いられる。仕事も限られる。しかし、それらをすべて受け入れ、自分が自由になれる場所としてブラインドサッカーを選び、パラに人生をかけている選手がいる。そんな彼らと支える家族が最高の笑顔になれるように、中川監督はメダル獲得に向けて緻密に戦略を練っている。

見えるGK佐藤は将来も見据える

ブラインドサッカーにおいて、晴眼者が唯一プレーできるのがGKだ。東京パラで正GKを務めた佐藤大介(40)は一度は引退を決めたものの、パリでのメダル獲得のためにコーチ兼選手として現役を続行。プレーをしながら後輩を育て、パリを集大成とする。

日本代表の守護神佐藤
日本代表の守護神佐藤

同じチーム内に見える人と見えない人がいる。そこに見えない壁はあったのか-。

そう聞くと、佐藤はしばらく考えた後、「好きなんですよ、彼らが。ここで話したり考えたりすることが、ものすごく自分の人生に生かされています」と優しい目をして言った。自分にフォーカスしていた東京の時よりも確実に、フィールドの選手や後輩GKとのコミュニケーションがとれるようになり、チームの雰囲気も良くなっているという。

佐藤の現役続行の裏にはもう1つ、メダルを獲得することで、この競技を日本に根付かせたいという願いがある。パリパラでブラインドサッカーが注目されたとしても、一過性のブームで終わらせないために。

では、見える人は見えない人をどう理解し、接すれば良いのか。「まずは興味を持つこと。気になったら歩み寄ってください。先入観や壁を作らず、コミュニケーションをとってみてください」。

知らないことが自分の行動を阻むなら、まずは知ることから始めよう。パリパラのブラインドサッカー男子日本代表の活躍に注目だ。

記者もブラインドサッカー体験会に参加

日本ブラインドサッカー協会は、その世界を体験するプログラム「OFF T!ME(オフタイム)https://www.offtime.jp)」を都内で随時開催している。取材の前、選手たちの世界を少しでも理解したいと思い、私も参加した。

目隠しをしてブラインドサッカーボールを蹴る記者(提供=日本ブラインドサッカー協会)
目隠しをしてブラインドサッカーボールを蹴る記者(提供=日本ブラインドサッカー協会)

この日、来ていたのは10代~50代の男女が20人以上と、予想以上に多い人数に驚いた。

都内ビルの一室でグループに分かれ、目隠し(アイマスク)を着けた状態で動いたり、転がると音が鳴るブラインドサッカーのボールを蹴ったりするのだが、最初にアイマスクをして視界が真っ暗になったところで足がすくんだ。平衡感覚が失われ、自分がどの方向に歩けばいいのか分からない。

怖い。パニックになりそう。逃げようか…。

これだけで日頃、自分が視覚に頼って生きているのかが分かる。

サポート役の人の声を頼りに必死に5メートル先まで歩いたが、それだけでどっと疲れた。足が震えていた。

このプログラムのコンセプトは「目をOFFにすると、発見がある」。その言葉通り、見えないことで先入観がなくなり、年齢、性別、職業などを気にせず、他の参加者との距離を縮めることができた。目をOFFにしたからこそ、心と心でつながれた気がした。

ほんの少しだが、ブラインドサッカーの世界に触れたことで選手たちのすごさを感じられた。自分を見つめ直す機会にもなる「OFF T!ME」。おすすめです。

【アスレシピ編集部・飯田みさ代】