柔道界の絶対王者こと男子100キロ超級でオリンピック(五輪)2連覇、世界選手権8連覇のテディ・リネール(32=フランス)が、4度目の五輪に向けて戦闘モードに入った。20年2月には国際大会の連勝が154で止まるなど不調な時期もあったが、完全復活の兆しを見せている。このほど、日刊スポーツの取材に応じ、五輪3連覇を狙う「負けない柔道家」が、今の思いを語った。【取材・構成=峯岸佑樹、ダグリー・ローレンス】

筋力トレーニングに励むテディ・リネール(本人提供)

フランスの王者が、虎視眈々(たんたん)と112日後の金メダルという“獲物”を狙っている。203センチ、140キロの巨体ながら俊敏さを兼ね備え、本番が近づくにつれて本来の筋骨隆々の肉体が戻りつつある。リネールは、3連覇を狙う東京五輪へ並々ならぬ決意を口にした。「毎日3個目のメダルのことを考えている。柔道の故郷でタイトルを取るためなら何でもするし、それを実現させるために日々前進している」。

コロナ禍で五輪が1年延期となり計画が狂った。「延期は想定外でショックだった」と動揺していたが、現実を受け止めて新たな取り組みを模索した。ロックダウン(都市封鎖)で外出制限が続く中、ジュニア時代から指導を受けるシャンビリー・コーチらとトレーニングプランを再考した。出稽古などができないため、自宅に本格的なジムを作った。筋力強化の器具や畳もそろえ、練習環境を整えた。従来より移動時間が減った分、「体の回復が早くなった」とメリットも実感した。

1月のマスターズ大会を制し、シャンビリーコーチ(右)と記念撮影するテディ・リネール(本人提供)

子供のころは陸上やサッカーなどに取り組み「戦うことが好き」と5歳で柔道を始めた。素行が悪く親を困らせたこともあったが、柔道が人間性を変えた。18歳で出場した07年世界選手権で井上康生らを破って初優勝。長い手足を動かし、右手で相手の奥襟を取って動きを封じる。慎重に試合を進め、十分な体勢になってから得意の大外刈りや内股で“一撃”する。指導3による勝利も多いことから「つまらない柔道」とやゆされることもあるが、安定感抜群の負けない柔道で白星を重ねてきた。

年齢を重ね、体重コントロールが課題だった。137キロをベストとするが、16年リオデジャネイロ五輪後の長期休養でケーキを食べ過ぎて165キロまで増量。栄養士の助言を受けながら減量に励んだが、成果が出なかった。20年2月のグランドスラム(GS)パリ大会3回戦では東京五輪代表補欠の影浦心に敗れ、約10年間続いた国際大会の連勝記録が154でストップ。同10月のフランス国内のクラブ選手権(団体戦)でも無名選手に敗戦するなど、負けないリネール伝説が崩壊していった。

栄養士が作った料理を食べるテディ・リネール(本人提供)

復活の転機は昨秋。これまで専属コーチやトレーナーを帯同した「チームリネール」で世界中を駆け回っていたところに、栄養士も加えた。毎日、栄養管理された食事を提供してもらい、そのおかげで減量に成功。1月のワールドマスターズ大会も制し、本来の動きが戻ってきた。この数カ月間は140キロを維持し「体重も減って、今までにないレベルで五輪への準備を進めている」と自信をのぞかせた。

東京五輪はコロナ禍の影響で海外からの一般客の受け入れを断念した。リネールは観客見送りに理解を示した上で、こう打ち明けた。

「世界中の人々が幸せな気持ちで五輪を迎えることは難しく、それは非常に残念なこと。ただ、アスリートにはスポーツの意義を伝える役目がある。自分は柔道を通じて、日本の組織が厳しく秩序や規律を守ることを知っている。日本なら世界中が安心する新しい五輪の形をつくってくれると信じている」

東京五輪では個人戦のほか、男女混合団体が初実施される。柔道大国フランスは決勝で日本と対戦する可能性がある。「金メダルを2個取る大きなチャンス。日本国民の前で世界で一番きれいな景色を見るよ」。母国での24年パリ五輪を競技人生の集大成と位置づけ、東京五輪は通過点と捉える。進化する32歳の絶対王者が、競技発祥国で新たな伝説を作ろうとしている。

テディ・リネールの専属栄養士が作った料理((本人提供)

<とっておきメモ>
甘い物好きのリネールには、ある「儀式」がある。遠征時に必ずキャリーバッグに大好きなお菓子(非公表)を複数入れる。お菓子はリスト化され、自身にとっての精神安定剤のようなもので「食べなくてもそこにあることが重要」と力説。影浦に敗れた20年2月のGSパリ大会時には、体重が150キロ超となり妻が厳しく体重を管理。子どものお菓子を鍵付きのキャリーバッグに入れるなどの対策を講じた。強さと優しさを兼ね備え、食いしん坊な世界一の王者。フランス国民に愛される理由が分かる。

19年11月、体重150キロ超で兵庫・尼崎市での国際合宿に参加したテディ・リネール

○…「打倒リネール」を掲げる男子100キロ超級は近年、めまぐるしく変化している。リオ五輪後のルール改正もあり、動けて技も切れるスプリンター系が優位に。18年世界王者のトゥシシビリ(ジョージア)や100キロ級から転向した19年世界王者のクルパレク(チェコ)、17年世界ジュニア覇者のタソエフらロシア勢が台頭。そこにリオ五輪銀メダルの原沢久喜が加わる。絶対王者は原沢に「求めているもの(=金メダル)は同じで誰にでもチャンスはある。五輪での再会を楽しみにしてるよ」とメッセージを送った。

◆テディ・リネール 1989年4月7日、フランス・グアドループ生まれ。パリで育ち、5歳で柔道を始める。07年世界選手権100キロ超級で、18歳5カ月の男子史上最年少優勝記録を樹立。08年北京五輪銅メダル。12年ロンドン、16年リオ五輪金メダル。得意技は大外刈り、内股。尊敬する人は井上康生。スポーツマーケティングの専門学校を経営するなど実業家としても活躍。愛称はテディベア。好きな食べ物はクスクス。家族構成は妻、子供2人。203センチ、140キロ。

(2021年4月9日、ニッカンスポーツ・コム掲載)