<スポーツする人の栄養・食事学/第1章 からだにいい食事や栄養とはなにか(2)>

Q、好き嫌いが多く栄養が偏りがちです。改善するにはどうしたらいいですか?

A、嫌いなものが好きになるまでには、いくつかの「行動変容ステージ」があります。このステージを先に進めるには、まずその人が今どのステージにいてどの程度気持ちの準備ができているかを把握する必要があります。そのうえで、それぞれのステージに見合った「働きかけ(アドバイス)」を行います。

バランスのいい食生活は、健康的な発育・発達にとっても欠かせないものです。特に、スポーツをする小中学生(ジュニア)は多くのエネルギーや栄養素を必要とするため、好き嫌いが激しく、自分の好きな物だけを食べている偏った食生活は健全な発育・発達とスポーツパフォーマンスにとって大きな障害となる可能性があります。

好き嫌いはないに越したことはありませんが、特に小中学生では目立ちます。体にいいからという理由で嫌いな物を無理やり食べさせても、ますますマイナスのイメージを植え付け、かえって好き嫌いを助長してしまいます。

「行動変容のステージ」は5つ

では、好き嫌いをなくすには、どうしたらいいでしょうか。ここでは、小中学生を対象に話を進めていきます。

嫌いなものが好きになるといったように、人が新しく行動を起こして、それが習慣になる、つまり人が行動を変えるまでにはいくつかのステージがあり、「行動変容ステージ」と呼ばれています。行動変容ステージのモデルは、1980年代前半に禁煙の研究から導かれ、その後食事や運動をはじめとしてさまざまな健康に関する行動について幅広く研究が進められています。

行動変容ステージには、「無関心(前熟考)期」→「関心(熟考)期」→「準備期」→「実行期」→「維持期」の5つのステージがあると考えられています(下の図)。

このステージを1つでも先に進めるためには、その人が今どのステージにいてどの程度気持ちの準備ができているかを把握し、最終的に維持期にたどり着くように、それぞれのステージに見合った「働きかけ(アドバイス)」が必要です。

ただし、無関心(前熟考)期から維持期に向かっていつも順調に進むとは限らず、前のステージに逆戻りしてしまうこともよくあります。

では、小中学生が好き嫌いをなくすために、保護者は各行動変容ステージに見合うかたちでどのように働きかけを行ったらいいのでしょうか。

無関心期・関心期での働きかけ

この期の小中学生は、好き嫌いをしないことがなぜ重要なのかが理解できていません。そのために、意識付けが必要ですが、健康を意識して生活をしていない小中学生に「健康にいいから」といった大人の価値観で話をしてもほとんど通じません。

「好き嫌いがなくなると、元気になってお友達と楽しく遊べるよ」「パワーがついてかっこいいプレイができるよ」「試合に勝てるようになるよ」といったように、保護者には子どもの純粋な思いをくみ取って分かりやすく話すことが求められます。

準備期・実行期での働きかけ

この期では、すでにバランスのよい食事をとりたいという気持ちはありますが、まだ行動する前であったり、はじめたばかりだったりで、なかなかうまくいかない場合があります。そうした場合には、バランスのよい食事がしやすい環境づくりをすることが大切です。

たとえば、食事のたびに栄養のバランスのことを忘れないようにするため、あるいは食事の内容をその都度チェックできるようにするため、「スポーツ食育ランチョンマット」(下の図)を活用するといいかもしれません。

さらに、嫌いなものをなくそうとがんばっている子どもは、上手にほめてあげます。大好きなメニューを出したり、食事とは別のかたちでごほうびをあげたりすれば、子どもはさらにやる気を出します。

維持期での働きかけ

この期に入った子どもたちは、よい食習慣が継続できています。元気にスポーツに打ち込めるのは、よい食習慣を続けているからであることを理解させ、きちんと評価し、ほめてあげます。よい食習慣がずっと続くように、保護者がきちんとサポートします。

「自分はできる」という気持ちをもつ

行動変容ステージで、最終の維持期に入るまでに大事なことは、子どもたち自身がどのくらい「自分はできる」という気持ちをもてるかどうかです。

この感覚を、「セルフ・エフィカシー(self-efficacy)」といいます。エフィカシーとは、「効力、効能、薬などの有効性」という意味です。日本語では「自己効力感」「自己期待感」と訳され、課題に直面したときに、こうすればうまくいくという自信、自分に対する期待感のことです。

セルフ・エフィカシーが高いか低いかがパフォーマンスに大きな影響を与えます。本人に能力があっても、セルフ・エフィカシーが低いと実行に移すことにはつながりません。

たとえば、食生活での「好き嫌いをせずに食べることができる」「間食を控えることができる」「食べる量を調整することができる」といった行動変容を起こすために、セルフ・エフィカシーをどう高めたらいいのでしょうか。

重要なのは、「成功体験」「言語的説得」「代理的経験」「生理的・情動的喚起」の4つです。

成功体験……「うまくできた」という成功体験を積むことは、セルフ・エフィカシーにもっとも強い影響を与えます。それも、あまり努力しないで成功するよりも困難を乗り越えたうえでの成功体験が必要で、「うまくできた」と思えたら、「次もきっとうまくできるだろう」と素直に思えるようになります。

失敗しないようにするには、あせってむずかしいことや多くのことに挑戦させようとしないことです。嫌いな食材がいくつかあったら、そのなかで一番食べられそうと子どもが感じているものからはじめます。

言語的説得……第三者からほめてもらう、励まされることです。保護者だけでなく先生やコーチなど、子どもたちにとって重要な人物であればあるほど、その効果は高まります。

代理的経験……自分が経験できる機会は限られているため、自分の代わりに成功体験を積んでいる第三者の姿を見るだけでも、セルフ・エフィカシーは高まります。きっと「自分にもうまくできそう」「やってみたい」と思えるはずです。

生理的・情動的喚起……自分の行動による成果は一朝一夕に出るものではなく、多くの人は目に見えるかたちになる前に挫折しがちです。そこで有効なのが、生理的・情動的喚起です。

たとえば、バランスのよい食生活を続けていると、「よく眠れるようになった」「体が軽くなった気がする」といったように、以前に比べて心身の状態がよくなっているはずです。こうしたちょっとした変化は、本人がなかなか気づかないので、まわりの人が喚起する、つまり言葉によって呼び覚ましてあげることが大切です。それによってセルフ・エフィカシーが高まり、よい食生活をさらに続ける励みにもなります。

(つづく)