問われるSNSの功罪、誹謗中傷に悩み

そしてもう1つの要因にあげられているのは、ソーシャルメディアの影響だ。ラグビー米代表チームの医師で、サンディエゴで大学生や他のアスリートのケアも行っているマイヤーズ医師は、コロナ禍で自傷行為や自殺に関する相談が増えたことを明かし、「パンデミックで若者の非常に脆弱な社会構造が破壊した。SNSのおかげで社会相互作用がより激しくなった」と述べている。SNSの活用は競技への注目を集めたり、ファンとつながったりするなど有益な点もある一方、今大会ではSNSでの選手に対する誹謗中傷が相次ぎ、多くの選手がネガティブなコメントに心を痛めた。

バイルズが欠場した体操女子個人総合で金メダルに輝いたスニサ・リー(米国)は、種目別段違い平行棒で銅メダルに終わった後、敗因は「SNSのやりすぎだった」と語っている。金メダル獲得で一気にフォロワーが増えたことで、SNSに多くの時間を費やしてしまったことを自ら反省し、残りの競技に集中するためツイッターを削除すると明かした。

米オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)のメンタルヘルスサービス部門のトップを務める心理学者ジェシカ・バートレイ氏の元には、代表選手から1日平均10件ほどのメンタルヘルスに関する支援を求める声が寄せられていたという。隔離措置に関する不安からベストな状態で戦えない恐怖など内容は多岐に渡っていたが、「コロナ禍で開催される世界的なイベントに対するプレッシャーを多くの選手が感じていた」と話す。

各競技団体もサポートシステム導入へ

各国の選手団に同行する医師たちも、今大会では精神面のサポートには敏感になっていた。米男子水球チームの主治医は、新型コロナの感染が拡大して以降、メンタルヘルスをサポートするシステムを導入し、特に大学生の若者たちの親代わりとしての役割を担ってきたと話す。「精神面は身体面と同じくらい重要。選手たちは賢くて起用だが、いつでも私と気軽に話せるという精神面のケアがもっと重要だった」と述べている。

国際オリンピック委員会(IOC)の広報担当するアダムズ氏は、メンタルヘルスの問題について「ここ数年でより顕著になっている。IOCが今取り組んでいる問題であり、より真剣になる必要がある」とコメント。今大会では選手村に専門家を配置し、アスリートがウエブで情報を気軽に入手できるようにするなどのサポートを行ったことを明かした。また、USOPCもこの1年でアスリートのメンタルヘルスに対応するための取り組みを立ち上げ、東京五輪には心理学者と精神科医を含む8人のメンタルヘルスの専門家を派遣した。バイルズが欠場を表明するとすぐ「チームUSAコミュニティーからの全面的なサポートとリソースを提供する」と発表し、迅速に対応した。

テニス界にも変化が訪れている。大坂がメンタルヘルスについて問題を提起したことを受け、30日開幕の全米オープンでも選手のメンタルヘルス問題に対応する取り組みを行うことが発表された。全米テニス協会は、医療サービスプログラムの中にメンタルヘルスの専門家を加え、希望する選手はカウンセリングを受けることができるほか、静養するためのクワイエットルーム(静音室)の設置も行うとしている。

米メディアはアスリートに対するメンタルヘルスの考え方について今大会が大きな転換期となり、より理解が深まったとの見方を示している。メンタルヘルスについてオープンに話し合うことは、アスリートにとってパフォーマンスの向上につながるなどプラスの要素も多い。また、オリンピックの精神である「スポーツによって心身ともに調和のとれた人間を育てる」という基本に立ち戻ることで健全な大会になることも期待される。

【ロサンゼルス=千歳香奈子通信員】