<明治安田生命J1:川崎F5-0 G大阪>◇第29節◇25日◇等々力

川崎フロンターレのFW小林悠(33)が優勝手記を寄稿した。今季はリーグ再開直前の6月に右膝の手術で、10月には左ハムストリング肉離れで離脱。いずれも復帰戦をゴールで飾るなど、日本人トップの13得点で優勝に貢献した。

川崎F対G大阪 優勝シャーレを手に笑顔を見せる川崎F・MF中村(右)とFW小林(撮影・江口和貴)

コロナ禍で度重なるケガに見舞われながらも前向きに戦えたのは、女手一つで育ててくれた母、今季で引退するMF中村憲剛(40)、そして家族の存在が大きかった。

ポジティブさと負けず嫌いは母譲り

1つの決意を胸に、僕は今季を迎えた。「新型コロナの影響を言い訳にしない」。自粛期間があって応援ができない環境で、どんなシーズンになるか分からなかった。でも他のチームも同じ条件。言い訳をしないと誓ったが、必ずしも順風満帆とはいかなかった。

リーグ戦再開の直前、右膝に違和感が出た。早く手術を受ければ連戦に戻れるからと、迷わず決めた。10月のサンフレッチェ広島戦で肉離れした時も、努力は怠っていない中でのケガだったので後悔はなかった。いずれも自分のゴールでタイトルを取るイメージをしてリハビリに入れた。起きてしまったことをネガティブに考える性格じゃないのが僕だから。

川崎F対G大阪 金のバスタブに入る川崎F・FW小林(撮影・江口和貴)

そんな前向きな性格は母譲りだ。小さい頃に両親が離婚した。母子家庭だったけど、母はすごく明るくて負けず嫌い。今ではチームでもネタにされるけど、僕の家は貧乏な方だった。夜ご飯を食べるお金がなくて友達の家で食べさせてもらったり、ご飯のおかずがきゅうりのキューちゃんだけの夜もあった。でも、お母さんと兄貴がいれば幸せだった。つらくなかったし、家の中は常に明るかった。

保育園の年長でサッカーを始めたけど、ゴールを決めてお母さんが喜ぶ顔を見るのが、すごく好きだった。ゴールをしたら、いつもお母さんにピースした。そこが、僕の原点。今年ジュニーニョのクラブ最多110得点を更新したけど、母から受け継いだポジティブで負けず嫌いな性格が今につながっていると思う。

本気でぶつかり合える相手、中村憲剛

もう1人、大きな影響を受けた人がいる。憲剛さんだ。引退を聞いたのは発表の5日前ぐらい。練習後、広報に呼ばれて部屋に入ったら憲剛さんがいた。決めた、という感じだった。感謝の言葉がいっぱい浮かんできた。泣きながら伝えるしかなかった。一番長く一緒にいた選手だから思い入れが違う。

川崎F対G大阪 優勝を決めタッチをかわす川崎F・FW小林(左)とMF中村(撮影・江口和貴)

思い出はきりがないけど、僕が試合に出始めた3年目ぐらいの頃、ピッチ内で憲剛さんがちょっとぼけっとしている時に意見したことがあった。憲剛さんに最初にそういうことを言えたのは僕だったみたいで、周りは「え?」って感じになったかもしれないけど、僕は良くないことは良くないと言うタイプ。憲剛さんだから言わないでいいとは思わなかった。それが良い方向にいって、リスペクトしあえて、ピッチ内外で本気でぶつかり合える仲になれたと思う。来年は一緒にプレーできないけど、これからもずっとお世話になりたいと思っている。あとは天皇杯。最後は笑って送り出せるよう、絶対に自分が決めて勝つ気持ちをもってやりたい。

練習でも試合でも100%の準備を

今年はコロナで大変だったけど、家族の支えでつらくなかった。10月11日には第3子の三男・風翔(ふうと)が家族に加わってくれた。いろんなリスクがある中で出産させていただいたことに感謝しているし、妻も子どもも元気で本当によかった。

サポーターの皆さんにも本当に支えられた。練習でも試合でも100%の準備をすることでゴールを積み重ねてきた自負は、今後も変わらない。年を取るごとにゴール前の感覚が研ぎ澄まされる感じがある。チームが苦しい時にゴールを決められるストライカーとして、もっともっと、みんなを喜ばせたい。(川崎フロンターレFW)

(2020年11月26日、ニッカンスポーツ・コム掲載)