<全国高校サッカー選手権:静岡学園3-2青森山田>◇決勝◇13日◇埼玉

青森山田の「ヒデ」ことJ1浦和レッズ内定MF武田英寿(3年)は仙台市内に住む両親ら家族に対し、「山田に行くわがままを快く送り出してくれた。優勝を届けられれば良かったけれど、本当に感謝しています」と目を赤くした。

親子で並んでVサインのポーズをとる青森山田MF武田(左)と父修一さん

自立心を身につけるため、心を鬼にして育てた父修一さん(47)は、夜は1人で寝かせた。「パパ~、一緒に寝てもいい~」と甘えても「ダメ」と追い返したこともあった。「中学から青森に行っちゃいましたし、今となってはギュッとしながら寝れば良かったなあって思うこともある」と苦笑い。

青森山田対静岡学園 試合後、敗れた青森山田MF武田(右)は静岡学園の選手たちと握手を交わす

サッカーでも、少しでも人より上手になって楽しさが倍増することを願い、幼稚園時から二人三脚で厳しく指導。年長から小1までは夕食後のリフティングが日課。カレンダーに武田自身が目標回数を書き込み、達成するまでは泣いても終わらない。「前日を超える」目標設定を約束し、左足1本で500を超えた。それでも今大会の選手アンケートの「尊敬する人」の欄に「父」。涙があふれた。

青森山田対静岡学園 試合終了の笛とともに歓喜のする静岡学園の選手たちの側で悔しそうに空を見上げる青森山田MF武田(中央左)(撮影・垰建太)

生後8カ月で血液や心臓に後遺症が残ることもある川崎病にかかり、激しい運動すら出来ない可能性もあった。「元気にたくましく育って、みんなに愛される人間に成長してくれたし、たくさんの人に恵まれたことに感謝です」。高1時に体力が続かずAチーム入りを見送られた時期もあった。原因究明のため精密検査をするとヘモグロビン値の低下が判明。治療で回復し、高2からは主力として活躍したが、今でも服薬は続いている。

試合にすべては行けないため、世代別代表などの遠征で青森から東京に向かう途中の仙台駅が、貴重な親子水入らずの時間。「入場券を買って、新幹線が停車する間の1分か2分。それでも顔を見て話ができることが最高にうれしいんですよね」と母さおりさん(46)。「プロになったら少しは一緒にいられる時間が増えるかな?」。首を長くして待つ。【鎌田直秀】

(2020年1月13日、ニッカンスポーツ・コム掲載)