TBS系ドラマ「陸王」の舞台になったことで、にわかに注目されている埼玉県行田市。ロケ地巡りのファンが多数訪れ、経済効果は1カ月あたり10億円ともいわれる。映画「のぼうの城」の舞台になった忍(おし)城など歴史的な観光名所も多い。地元在住の脚本家・吉川次郎氏(54)が、ちょっとディープな行田市の魅力を紹介する。

脚本家吉川次郎氏が魅力紹介

 最近ではNHKのBSドラマ「山女日記」などを手掛けた吉川氏。高校時代に隣の熊谷市から引っ越して以来、40年近く行田市に住み続けている。「『陸王』で行田は足袋の街だと思っている人も多いと思いますが、それはこの100年ほどのこと。実は古代からの綿々とした歴史が、あちらこちらに埋まっている街なんです」と言う。

ドラマ「陸王」でこはぜ屋として使われたイサミコーポレーションスクール工場。ロケ地巡りの聖地だ
ドラマ「陸王」でこはぜ屋として使われたイサミコーポレーションスクール工場。ロケ地巡りの聖地だ

 吉川氏がよく訪れるというのが、さきたま古墳公園にある丸墓山(まるはかやま)古墳。6世紀頃に造られた、高さ約19メートルの円墳だ。戦国時代には、豊臣秀吉の命を受けた石田三成が忍城攻略のために陣を張った。「ここに来ると、気分が改まるような気がします。頂上から忍城をはじめ、赤城山、榛名山、日光連山などを見渡せます。三成も同じ風景を見ていたかと思うと、感慨深いものがありますね」。

戦国時代に石田三成が陣を構えた丸墓山古墳の頂から忍城方向を望む
戦国時代に石田三成が陣を構えた丸墓山古墳の頂から忍城方向を望む

 その三成が築いたのが石田堤。忍城水攻めのために全長14キロとも28キロともいわれる堤を短期間で築き、利根川などから水を引き入れた。今も市内のあちこちに、こんもりと土が盛られた堤が残っている。忍城が水攻めにも屈しなかったのは、「のぼうの城」などに描かれた通りだ。

行田のシンボルともいえる忍城。「のぼうの城」の舞台となった
行田のシンボルともいえる忍城。「のぼうの城」の舞台となった

 「石田堤は行田市と鴻巣市にまたがっていて、先に鴻巣市が公園を造ったんです。そしたら行田市も慌てて公園を造ったんですが、これが駐車場にしか見えない(笑い)。いまだに石田堤を挟んで、“戦い”が勃発しているというのが面白いですね」(吉川氏)

石田三成が築いた堤が市内の各所に残る
石田三成が築いた堤が市内の各所に残る

 利根川、荒川と水系に恵まれた行田市には酒蔵も2軒ある。「陸王」の撮影には横田酒造が使われたが、吉川氏がよく訪れるのは、もう1軒の川端酒造。清酒「桝川」で知られ、専務の川端利幸氏(48)を中心に一家で酒造りから販売まで行っている。幕末の1860年創業で、蔵はほぼ創業時のままだという。

 純米酒しぼりたてを試飲した吉川氏は「非常においしいです。家族蔵は全国でも減りつつある。頑張ってほしいですね」。川端氏は「『陸王』のロケの時は竹内涼真さん、山崎賢人さんのファンが街にあふれていました。行田にあれだけ女の子が集まったのは初めてじゃないですか」。創業150年の老舗の杜氏(とじ)は、意外におちゃめだった。

行田のソウルフード、フライ(右)とゼリーフライ
行田のソウルフード、フライ(右)とゼリーフライ

 さて、行田のグルメといえば「フライ」と「ゼリーフライ」。昭和初期、足袋工場の従業員のおやつとして普及したといわれる。「フライ」は水で溶いた小麦粉を鉄板で焼き、ソースをかけたもの。「ゼリーフライ」はジャガイモやおからをこねて素揚げしたもので、小判形をしていることから当初は「銭フライ」と呼ばれていたという。いつの間にか「銭」が「ゼリー」に変わったらしい。

 市内には「フライ屋」が30軒以上あり、手軽な料金で食べることができる。吉川氏と訪れたのは「えんまん堤」。中年の女性たちが、フライを食べながら世間話に花を咲かせていた。「フライとゼリーフライは行田のソウルフード。お店は地域の社交場になっているんですよ」。

 夕暮れ、吉川氏行きつけの津軽料理店「太宰」を訪ねた。店内には昭和を感じさせる看板や映画ポスターなどが所狭しと並んでいる。なぜ行田で「太宰」なのかというと、店主の野宮均さん(69)が、作家太宰治と同じ青森県金木町(現・五所川原市)出身だからだという。「行田は足袋などの工場が多く、青森県出身の方もたくさんいました。店でねぶたの音楽を流すと、みんなが跳ねるんですよ。そういう人たちに支えられて35年やってきました」と野宮さん。

丸墓山古墳は高さ約19メートルの日本最大規模の円墳だ
丸墓山古墳は高さ約19メートルの日本最大規模の円墳だ

 「あの古墳群を見てください。この大地に弥生人が一大王国を築き、随分たってから忍城ができ、三成が陣を構えた。その綿々とした歴史の中に川端酒造も足袋工場も、この『太宰』もある。歴史は変遷するものではなく、堆積するものなのです」。吉川氏はそう言って、名物料理の「金木みそ」をおいしそうに頬張った。【田口辰男】

(2018年2月4日付日刊スポーツ紙面掲載)