<無月経に潜む骨の問題・上>

生理(月経)を語る女性アスリートが増えてきた。オリンピックに出場した元アスリートや各競技のトップ選手がメディアやSNSを通じて自身の体験を赤裸々に語り、かつてはタブー視された領域に踏み込んで、若い世代にメッセージを送っている。

一般的に健康な女性なら、10歳前後で初経を迎えてから50歳前後で閉経するまで40年もの間、約1カ月間隔で生理がくる。妊娠・出産という大切な機能のための体の準備のためだが、エストロゲンとプロゲステロンという女性ホルモンの変動により、その期間中や前後には精神的、身体的に様々な変化がある。個人差も大きい。

その時期でも練習を休まず、激しいトレーニングを積んできた女性アスリートは、運動をしない人よりも多くの我慢や煩わしさを体験してきている。一方で長期間、無月経が続いたり、初経が非常に遅かったりしても無頓着で、引退後に初めてその重大さに気づき、治療したというケースも少なくない。彼女たちは一様に「あのとき解決法を知っていれば、あんなに我慢したり悩んだりしなくて済んだのに…」と語っている。

東大病院女性診療科の能瀬さやか医師が啓発活動

東京大学医学部附属病院女性診療科の産婦人科医師で日本スポーツ協会公認スポーツドクターの能瀬さやかさんは、10年ほど前から月経に関する正しい知識を女性アスリートに提供し、月経対策の啓発を推進してきた。「10年前は、『月経がなくて一人前』と言っていた指導者がいた時代。選手自身も『生理がない方が楽』という時代でした」。

東京大学医学部附属病院女性診療科の産婦人科医師で日本スポーツ協会公認スポーツドクターの能瀬さやかさん(提供写真)
東京大学医学部附属病院女性診療科の産婦人科医師で日本スポーツ協会公認スポーツドクターの能瀬さやかさん(提供写真)

2012年、国内トップクラスの選手を医学的にサポートする国立スポーツ科学センター(JISS)に配属された際には、日本人の女性アスリート約700人の調査を実施。約40%に月経不順や無月経が見られ、66%の選手が月経をずらせることを知らないことも分かった。

そこで専門医たちと協力し、女性アスリート健康支援委員会(http://f-athletes.jp/)を立ち上げ、4年をかけて全国の都道府県を回り、産婦人科医向けに女性アスリート診療の講習会を開催してきた。受講した産婦人科医は約1500人にも上り、さらにスポーツ指導者や養護教諭らにも正しい情報を提供したことで、女性アスリートを取り巻く環境は少しずつ変わってきた。

女性アスリート外来、半数以上がLEAによる無月経

現在、能瀬さんは2017年4月に国立大学で初めて開設された「女性アスリート外来(http://femaleathletes.jp/)」を週2回担当し、女性アスリート特有の婦人科系の治療を行っている。受診するアスリートは年々増えており、2022年3月までで、のべ3000件の診察を行った。

そのうち、過半数以上のアスリートがLEA(利用可能エネルギー不足)による無月経・月経不順と圧倒的に多く、月経困難症、月経前症候群(PMS)と続いている。「審美系競技で、23歳で初経なしという選手もいましたが、本人はそれが異常とは思っていなかった。その競技全体に無月経の選手が多いため、本人も周りも問題視していなかったんです」。

女性アスリートの無月経・月経不順について説明する能瀬さん(提供写真)
女性アスリートの無月経・月経不順について説明する能瀬さん(提供写真)

疲労骨折、骨粗しょう症になるリスク大

目の前の練習や大会の結果で頭がいっぱいの10代の女性アスリートに、将来の妊娠・出産の話をしてもなかなか響かない。そこで、アプローチを変えて「今」の競技力に関わる問題として突きつけたことで、選手だけでなく指導者、保護者を含めて理解を示すようになってきたという。

「今の問題」とは、過度の減量やトレーニングで運動量に見合った食事がとれないことで、長期的なエネルギー不足に陥り、弊害が生じること。月経不順や無月経になるだけでなく、免疫や消化器、精神、代謝など全身に悪影響を及ぼし、パフォーマンスが低下。何よりも疲労骨折のリスクが高まる。若くして骨粗しょう症になり、選手生命をも脅かす恐れがあるのだ。

骨密度は20歳前後がピーク、あとは減るばかり

骨は大人になっても、死ぬまで毎日少しずつ作り替えられている。骨量には女性ホルモンのエストロゲンが関与しているが、無月経になり、エストロゲンの分泌量が減ると、骨密度が低下して疲労骨折などを引き起こす。

しかも、骨密度は20歳前後でピークを迎える。その後はゆるやかに低下し、閉経を過ぎると確実に、骨量は激減する。骨粗しょう症患者の80%が女性というのは、そのためだ。

骨量の経年変化の図
骨量の経年変化の図

だからこそ、10代で十分なエネルギーと栄養をとり、骨密度のピークをできるだけ高くしておくことが重要となる。10代で12回も疲労骨折をした選手の骨密度は、70代並みだったということもあり、「20歳以降で改善に取り組んでも、同じ年齢の平均値には戻らない」と能瀬さんは表情を曇らせる。

加えて、能瀬さんのデータによると「10代で1年以上無月経があった選手、もしくは低体重の選手は、20代以降で骨粗しょう症、もしくは低骨量と診断されたという調査結果になった」という。骨粗しょう症対策は、骨が完成する時期から始まっていることなのだ。

【アスレシピ編集部・飯田みさ代】

・東大病院女性診療科・産科「女性アスリート外来」
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/patient/depts/jyoseisanka/athlete/
http://femaleathletes.jp/
・女性アスリート健康支援委員会主催の講習を受講した医師一覧
http://f-athletes.jp/doctor/index.html