<陸上:東京五輪代表選考兼日本選手権>◇4日◇大阪・ヤンマースタジアム長居◇女子1万メートル

女子1万メートルの新谷仁美(32=積水化学)が、30分20秒44の日本新記録で7年ぶり2度目の優勝を果たした。21人が出場したレースで、2位の一山麻緒以外の19人を周回遅れにする異次元の走りだった。

女子1万メートルで力走する新谷(撮影・清水貴仁)
女子1万メートルで力走する新谷(撮影・清水貴仁)

伝説的な独走劇だった。誰も新谷を追うことができない。2000メートルで先頭に立ち、3000メートルから完全に抜け出した。5000メートルは驚異の15分7秒で通過。超ハイペースで飛ばす。周回遅れの選手の背中を、どんどん追い抜いた。オリンピック(五輪)の参加標準記録を上回った一山を除き、19人を周回遅れにする別次元の走りに会場は騒然とした。

その勢いのままゴールに駆け込んだ。30分20秒44。02年5月に渋井陽子が打ち立てた30分48秒89の日本記録を28秒45も塗り替え、昨年の世界選手権なら銀メダル相当だ。レース後はスタンドに向き、ガッツポーズ。白い歯を見せながら、涙があふれ出ていた。

新谷 日本記録を超えなければ、世界と戦えないと思った。ようやく切れてうれしい。強い味方ができたことが一番大きな要因。

30分20秒44の1位で日本記録を更新し記念撮影を行う新谷仁美(2020年12月4日撮影)
30分20秒44の1位で日本記録を更新し記念撮影を行う新谷仁美(2020年12月4日撮影)

今は仲間がいる。快挙の裏で支えてくれた。2000メートルまでは同じ積水化学の佐藤早也伽が先頭を走り、日本新のリズムを作った。会場の優勝インタビューでは「引っ張りを無駄にしたくなかった」と感謝。練習メニューは12年ロンドン五輪男子800メートル代表の横田真人コーチに一任する。「結果が出なかったら横田コーチの責任にしようと。でも結果が出たので横田コーチのおかげ。日頃から自己中心的な発言も耐えてもらい、精神的な苦痛も与えてますが、大きな心で受け止めてくれる。同じ年ですが、親のよう」と笑った。

昔はつらかった。13年世界選手権で5位になった翌年1月、電撃引退。踵(かかと)を痛め、体が重いと走れないという考えに縛られ、極度の体重制限を課した。食べることも怖くなり、生理も止まる。「1人でやるのが当たり前。信用出来る人がいなかった」。心が壊れた。辞めるしかなかった。4年間のOL生活は好きな物を食べて、飲んだ。体重は13キロ増。楽しかったが、事務作業は得意でない。居場所が違うと思った。

18年1月の復帰理由は「走る方がお金がいい」と笑う。4年のブランクなど感じさせない復活を超えた進化を遂げた。今年はハーフマラソン日本新、5000メートル日本歴代2位をマークした。この日の激走後も「世界は29分台。300メートル先に優勝者がいる」と視線は高い。12年ロンドン以来、2度目の五輪へ向けては「東京五輪とか関係なく、その都度、最高のパフォーマンスを、アスリートとして、パフォーマーとして、人として見せていきたい」。苦闘を経た32歳。走りも、そして発する言葉も人をワクワクさせる。【上田悠太】

(2020年12月5日、ニッカンスポーツ・コム掲載)