昼休み後の授業開始まで、あと5分。それでもこのチャンスを逃すまいと、バレーボールに励む中学生が一斉に走りだした。

「サインください!」

11月16日、姫路・飾磨中部中学校の体育館。目の前には日本代表として12年ロンドン五輪銅メダルに貢献した、憧れの人がいた。Vリーグ1部(V1)ヴィクトリーナ姫路の竹下佳江球団副社長(42)は「色紙を置いておいてくれたら書いておくね」と優しく声をかけ、授業へと送り出した。

「バレーボールノート」を贈呈した姫路の竹下佳江球団副社長(左)と、受け取った姫路市バレーボール協会の吉田紀会長(撮影・松本航)
「バレーボールノート」を贈呈した姫路の竹下佳江球団副社長(左)と、受け取った姫路市バレーボール協会の吉田紀会長(撮影・松本航)

なぜ、竹下副社長が中学校に? 

この日、体育館で「ヴィクトリーナと動画でまなぶ バレーボールノート」の発表会が行われていた。地元の中学校を代表し、発表会に参加していたのが飾磨中部中学校だった。ノートを受け取った大橋萌花主将(2年)は「ぜひ活用したいです。動画で詳しく説明されていて、いいなと思いました」と声を弾ませた。

「バレーボールノート」から見られる動画の説明を行う姫路の竹下佳江球団副社長(撮影・松本航)
「バレーボールノート」から見られる動画の説明を行う姫路の竹下佳江球団副社長(撮影・松本航)

100ページに及ぶノートの特徴は「動画付き」。サーブやブロック、スパイクといった技術の基本、練習方法がイラスト付きで記され、そこに2次元コードがついている。スマートフォンでかざすと、動画での技術指導を見られるのだ。

「先生」も本物だ。オーバーハンドパスで登場する竹下副社長はもちろん、スパイクは狩野舞子さん(32)、サーブは大友愛さん(38)、レシーブは佐野優子さん(41)、ブロックは井上香織さん(38)…と日本代表経験者が担当。世界の第一線で活躍した面々は16年に結成された「ヴィクトリーナ・ドリームス」というユニットに名を連ねており、毎年、全国で競技の普及活動を行ってきた。

だが、20年に入り、直面したのが新型コロナウイルスの感染拡大。1年で100回以上予定されていたバレーボール教室も、実施は2件にとどまったという。竹下副社長は力を込めた。

「今まで当たり前のことができなくなって、新しくできてきた発想です。その時代に生きている子どもたちに、きっかけを与えられないかという思いでした」

「バレーボールノート」を贈った姫路の竹下佳江球団副社長(前列左から4人目)と飾磨中部中学校のバレーボール部(撮影・松本航)
「バレーボールノート」を贈った姫路の竹下佳江球団副社長(前列左から4人目)と飾磨中部中学校のバレーボール部(撮影・松本航)

春からチーム内で議論し、生まれたのが小中学生を対象にしたバレーボールノートだった。当初は500部程度を予定していたが、地元の播磨地域を中心に2963人の子どもたちが提供を希望。今後は要望があれば、兵庫県内の小中学生に無償で配布を予定する。

目玉企画の1つである「360度カメラ」では、姫路の選手が行う連係プレーを収録。ボールに触っていない選手の動き、言葉のやりとりを動画で学べる。ノートの特性を生かし、食育コーナー、1日の出来事をまとめるページも掲載。竹下副社長は「ノートだからこそ」の魅力を明かした。

「実際にやっているとニュアンスで『バンッ!』とか『ドンッ!』で片付けていたことを、言葉で分かりやすく説明できています(笑い)。栄養、体調管理、メンタルの部分も含めてチェックできると思います」

「バレーボールノート」を贈った姫路の竹下佳江球団副社長(中央)と飾磨中部中学校のバレーボール部(撮影・松本航)
「バレーボールノート」を贈った姫路の竹下佳江球団副社長(中央)と飾磨中部中学校のバレーボール部(撮影・松本航)

何もかもが従来通りにいかない昨今。それでも絶対に変わらない部分がある。 色紙を手に走る中学生を見つめながら、姫路の橋本明球団社長は力を込めた。

「五輪を経験した選手たちが教えると、子どもたちがすぐにできるようになることがあるんです。来年はまた、通常のバレーボール教室ができたらいいですよね」

アスリートが持つ力を、再確認した。【松本航】

(2020年11月16日、ニッカンスポーツ・コム掲載)