<忘れられない味(6)>

この10年、欠かさず記録をつけている。スコアの切り抜きではない。食べに行きたい店のリストだ。テレビや雑誌で目にしたものや、人伝えに聞いたもの。店名、最寄り駅、料理名、グルメサイトの点数などを記載する。その数は3000件を超えた。実際に行けた店は300件程度だろうか。道のりは果てしない。

周囲が「ヒロログ」を見ると苦笑する。「味が分かっていない」「質より量」など揶揄(やゆ)してくる声は無視する。自己弁護になるが、リストは必須の神器。ナイターの最中、携帯電話が鳴る。デーゲームを終えた選手から「おいしい店を取って」とのご要望。「締め切り間際なので…」と断る間もなく電話が切られることも。蓄積したデータを元に“第1回選択希望店”から順に電話をかけまくる。リストが仕事を救うことも…たまにあった。

不思議と苦にならない。取材することと食べることはてんびんで絶妙な均衡点を生む。記者人生、いや食楽の歩みを少し振り返る。

行きつけ

最初の赴任先だった仙台。国分町にある「おでん屋だいすけ」は開店当初にフラッと入り、初めてできた行きつけの店だ。同地では珍しい、静岡おでんを売りにする。黒はんぺんも名物だが、愛してやまないのは「しょんば煮」だ。店主・小田大介さんの実家の鳥料理屋で作っていた、まかないメシ。鶏の皮とモツの煮込みをしょうゆと日本酒だけで味付けしたシンプルな料理だが、ご飯にかけて食べると、至福の味になる。しょっぱく煮る→しょっぱ煮→しょんば煮が由来だが「美味しんぼでも山岡さんが作っていたのを見て『うちと同じだ』と思いました」(小田さん)。庶民の「究極のメニュー」だ。

TKG

西武のキャンプ地、宮崎・南郷におかわり連発の〆がある。西武ナインも足しげく通う「旬菜タナカ」。地鶏頭(じどっこ)が産む卵を割ると、不思議と必ず卵黄が2個入っている。店主・田中亨さんの「見れば分かるんです」という名人芸で卵黄が2個入った卵を選び抜いている。さらに卵が産み出される前のキンカンをつまようじで割り、濃厚な黄身を注入。しょうゆをたらし、ほどよく“トリプルスリー”の卵を混ぜると完成する。あまりの美味に店の予約と同時に卵かけご飯2杯分も同時に押さえたことも。移動前に名残惜しくて開店と同時にTKG2杯をかき込み、慌ただしく空港に向かったこともある。

段ボール

10年ほど前、仕事で帯広に行った。個人タクシーに乗ると佐藤さんという運転手と食べ物の話になった。「これまで食べられたシシャモはカラフトシシャモといって、海外からの代用なんです。本物は北海道でしか取れない。卵に栄養を取られるメスよりも、希少だけどオスの方がうまいんです」。へぇ~、なんて感心していると「送りましょうか?」と言われた。半信半疑で住所を伝え、帰京すると大型の段ボールが届いた。シシャモはもちろん、ジャガイモやイクラ、六花亭のお菓子まで地の物が詰められていた。運賃からすれば赤字だろう。それでも味わってほしかったのだ。まさに忘れられない味となった。(つづく)【広重竜太郎】

(2020年10月8日、ニッカンスポーツ・コム掲載)