<岩手のヒミツに潜入(3)>

マリナーズ菊池雄星投手(28=盛岡市出身)にエンゼルス大谷翔平投手(24=奥州市出身)そして大船渡3年・佐々木朗希投手(17=陸前高田市出身)。なぜ岩手県は突然、続々と日本を代表する大物投手を輩出し始めたのか。半年間、佐々木関連の取材を進めるうちに浮かんだ1つの仮説「早寝」を、さまざまな角度から検証する。

18年7月、マリナーズ戦の試合前の練習で、芝の上に寝ころび気持ちよさそうにストレッチをするエンゼル大谷

岩手県からの相次ぐ剛腕高校生輩出に、県歴史研究の第一人者・藤井茂氏(70=新渡戸基金理事長)は「岩手県はいろいろと遅いんです」と切り出した。

明治維新で敗れた南部藩(盛岡市など現在の岩手県北側と、青森県東部)の若者は、軍人や外交官、教育者の道を選んだ。「貧しい県なので絵画、芸術、音楽、スポーツ…こういう遊興には向かわない。進もうとも思っても望めない、そういう環境があったように思えます」。農作物に恵まれた隣の秋田とは異なり、土地がやせていたのだ。

「貧しいけれど勉強しろ。勉強で薩摩・長州に勝つんだ。これが絶対に南部の根底にあると思います」。敗戦世代の子息たちが、高い志で上京。原敬、新渡戸稲造、田中館愛橘(※)…刺激し合いながらこつこつと学び、大正以降に花開かせていったのだという。

堅実な県民性。藤井氏の研究によると、上京した青年たちもほとんどが、早寝早起きの規則正しい律義な生活をしていたという。例外は石川啄木。「啄木だけはいろいろ遊んで、東京人の生活に染まっていた印象があります」と笑う。

食べることに一生懸命だった時代。「だから岩手はいろいろなことに10年、20年遅い環境だったように思います」と藤井氏。岩手の高校野球界も「やっと若く研究熱心な指導者が増え始めた」という関係者の声が多い。藤井氏は「これからもっと、すごい人物が出てくるのでは」と期待している。岩手独自のスピード感で大物が育まれる。

▽矢野新一氏(70=県民性研究者)「優しくてまじめで、少し引っ込み思案なのが岩手の県民性。ただ内陸(菊池、大谷)と沿岸(佐々木)では元来の考え方は違うし、岩手の場合は旧南部藩(菊池)と旧伊達藩(大谷、佐々木)でも全く違う。3人を1つのグループにするのは正しくないのかもしれない」

(※)日本の物理学の礎を作った研究者。日本式ローマ字の考案者でもあり、普及にも努めた。

(2019年6月27日、ニッカンスポーツ・コム掲載)