原動力は「おにぎり」だ。ラグビー日本代表は26日、約3週間の英国遠征を終えて帰国した。強豪イングランド代表（世界ランキング4位）と19年ワールドカップ（W杯）日本大会開幕戦で対戦するロシア代表（同19位）とのテストマッチを行い、勝敗以上に10カ月後に迫る本番に向け、多くの課題と収穫を得た。選手は慣れない食環境の中、ロンドン在住の日本人夫婦が握ったおにぎりを活力にして試合に臨んだ。

日本人夫婦が握る計150個

ロンドン南西部のアールズコート駅から徒歩2分。多くの飲食店が立ち並ぶ一角に和食店「舞（マイ）フード」がある。斉藤由紀雄さんと妻の恵子さんが15年切り盛りする庶民的な居酒屋。カウンター6席、テーブル席4つ。壁には「ニラもやし炒め」「ポテトサラダ」など40種以上のメニューが並び、夏川りみの「涙そうそう」などのBGMが流れる。異国にいながら、温かい空気に包まれ、自宅近所の居酒屋にいるような雰囲気だ。

試合当日、斉藤さん夫婦は大量のおにぎりを作った。17日のイングランド戦と24日のロシア戦前日から仕込み、選手とスタッフ含めサケなど3種のおにぎりを計150個作って、会場に届けた。白米に具材を丁寧に混ぜ込み、大きめのノリで巻かれた素朴な優しい味。選手たちは試合前後におにぎり3個をほお張った。「久々に大量のおにぎりを作って3年前の出来事がよみがえった。また、こういった形で微力ながらサポート出来てうれしい。来年のW杯は、前大会の感動を超えるような熱い戦いをしてほしいね」。斉藤さんは笑みを浮かべて、こう言った。

Ｗ杯イングランド大会の“再現”

3年前の“再現”だった－。15年9月のW杯イングランド大会を控えた同春、日本協会関係者が現地の宿泊ホテルなどを視察した。その時、ホテルにお願いした和食を調理してもらったら、ご飯はべちゃべちゃでまるでおかゆのようだった。食事が合わなく、痩せる選手が出ることに危機感を募らせた協会関係者は、同店にケータリングの提供を依頼。スコットランド戦以降はホテルの食事に加え、毎週火曜日と木曜日を「和食デー」と決めて、日本食を提供してもらった。

元駐日英国大使館のシェフだった斉藤さんは、英国滞在中の男子ゴルフ松山英樹らの食事も請け負い、アスリートからの信頼も厚い。しかし、1日6000キロカロリー前後を摂取する大食漢のラグビー選手は初めてで、代表チームの栄養士に相談しながら献立を組んだ。店を臨時休業して調理する日もあり、多忙を極めた。メニューは消化に悪い揚げ物はNG。サバの照り焼きや豚肉のしょうが焼き、豚肉とキムチの炒め物などを提供した。1番人気はカレーで、恵子さんがホテルで食事の準備をしていると、選手たちがにおいに反応して「『お母さん、今日はカレー！？　やったー。うれしい』って。想像を絶する練習をして疲れているにも関わらず、食事の時はいつもニコニコで楽しそうでした。礼儀正しくて、本当に素直な選手ばかりでした」と、懐かしそうに目を細めた。

9月19日。W杯で2度優勝を誇る強豪南アフリカ戦では、今回と同じくおにぎり150個を届けた。選手は試合3時間前にエネルギーとしておにぎり2個、試合後30分以内に疲労回復でおにぎり1個とバナナを口にした。日本の味が原動力となり、「歴史的勝利」を収めた。しかし、日本は4戦中3勝を挙げながらも決勝トーナメント進出はならなかった。

あの日から3年が経過した。19年W杯で目標の8強入りを目指す日本代表は再び、斉藤さん夫婦が握ったおにぎりを口にした。「聖地」ことトゥイッケナム競技場で行われたイングランド戦では、完全アウェーの観衆8万1151人に囲まれながら、後半に逆転負けしたが、粘り強く成長した姿を見せた。冷静な状況判断が求められるラグビーにおいて、常に平常心を保つことは重要だ。そのためには試合直前の食事も大切で、慣れ親しんだ“日本の味”が大きなパワーとなる。今秋も日本の食文化を代表する「おにぎり」が、日本代表の心身の支えになった。【峯岸佑樹】

（2018年11月29日、ニッカンスポーツ・コム掲載）