NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」のふるさと鹿児島から、鹿児島実硬式野球部の取り組みを紹介する。以前の甲子園取材で「食トレに取り組んでいる」と聞いていたが、2月末に取材に行ったところ、サポート会社(株式会社コーケン・メディケア)によるスポーツ栄養管理システムを導入、実践する場に遭遇した。

 このシステムは、浦和学院(埼玉)が取り入れて話題になり、興味があった。それが宮下正一監督(45)から取材日の指定を受け、学校へ行ったところちょうど月に1度の同システムの体組成測定日。選手が、体重をはじめ多くのデータを測定し、同時に食事指導を受ける貴重なシーンに出会えた。【取材・保坂淑子】

練習の合間に1人ずつ測定。細かいデータがはじき出される
練習の合間に1人ずつ測定。細かいデータがはじき出される

体を大きくパワー不足解消へ

 「選手たちの体が思ったように大きくならない」のが、就任以来の宮下監督の悩みだった。強打が伝統の鹿児島実だが、近年、選手たちのパワー不足を監督は実感。炎天下での連戦となる夏の県大会では、バテない体を作りたい。そこで2015年3月、スポーツ選手の栄養管理をサポートする同社の力を借りることにした。

 取材日の取り組みはこうだった。

練習合間に体力測定と食事指導

 鹿児島実を担当する奥田未来さん(28)は「ケガをしない強い体作りのために、食事の大切さを指導しています」と話す。1カ月に1度グラウンドを訪ね、選手個々の測定数値とポジションを参考に、季節や大会、練習量などを加味して指導。12月から2月のオフシーズンは、夏に体重を落とさずにベストパフォーマンスで戦うための貯金を作る時期だと説明する。

 「この時期は体脂肪が上がっても問題ありません。体重をキープしながら体脂肪率を下げて筋肉を増やしていくのです」(奥田さん)。目標体重を設定し、それに合った理想の体脂肪率と筋肉量を求める。体重を増やしながら練習と食事のバランスを取って体脂肪率を下げていく。

エネルギー源「ご飯」が必要

 選手の体はさまざまだが、一番に必要なのは「ご飯」と奥田さんは言う。「ご飯がしっかりとれていないと、エネルギー源が足りなくなり、筋肉の成長が悪くなる。特に鹿児島実の練習量は、他の学校に比べて多いので、まずはご飯です」。

 ご飯でエネルギー源を確保して、しなやかさやパワーをつけるタンパク質をとる。スタミナをつけるには、魚系の肉が必要になる。これらを摂取できる身近な食材として、納豆、豆腐、魚肉ソーセージなどの取り入れ方を選手1人1人にアドバイスする。お菓子など、甘いものは禁止だ。

練習中にどんぶり飯の補食

練習中、6升のご飯を炊く女子マネジャー
練習中、6升のご飯を炊く女子マネジャー

 昨年12月からは女子マネジャーが6升のご飯を炊き、1人どんぶり飯1杯の補食を始めた。狙いは、1日の中でおなかが減る時間をなくすこと。ご飯に生卵、九州産の甘口しょうゆ、枕崎産のかつお節をかけて混ぜ、一気にかき込む。この取り組みでケガをする選手が減り、故障しても回復が早くなった。体の抵抗力も増し、今年の冬はインフルエンザにかかる選手が1人もいなかったという。

ご飯の供はしょうゆ、枕崎産かつお節など
ご飯の供はしょうゆ、枕崎産かつお節など

練習中、どんぶり飯をかきこむ選手たち
練習中、どんぶり飯をかきこむ選手たち

練習後、グラウンドで「強化食」を飲む

 練習終了後にはサポート会社が提供する「強化食」と言われる飲料を飲む。寮の食事で不足しがちな野菜などが調整されているといい、選手の体形ごとに用意されている。

練習終了後、「強化食」と言われる飲料を飲む
練習終了後、「強化食」と言われる飲料を飲む

 これらの取り組みで、選手たちも体の変化を感じている。西畑光瑛主将(3年)は「これまでは単に食べるだけだったので、思うように体重が増えませんでした。指導を受けて、今は自分に必要な栄養素を摂取するようになりました」。体重増だけでなく、食事に対する意識が高くなった。今、自分に足りない栄養素は何か。それを取り入れるための食材は何なのか。そのことを選手たちが理解し、食材を選び食べる。そんな姿からも、食事も練習の1つと捉えている積極性が感じられた。

練習後、寮に戻って夕食

グラウンドから自転車で約5分ほどの場所にある寮で食事
グラウンドから自転車で約5分ほどの場所にある寮で食事

 どんぶり2~3杯のご飯、寮で出されたおかず以外にも各自購入した常備食をプラス。夕食後も自主トレを行い。補食としておにぎりをとっていた。宮下監督は「ひと冬越えて、打球の強さも変わってきている。投手も下半身がガッチリして体が大きくなった。これからが楽しみ」と成果を感じている。真の強い体を作って、鹿児島実が3年ぶりの夏の甲子園出場を目指す。

食事中はみんな和やか。明るく食トレに取り組んでいた
食事中はみんな和やか。明るく食トレに取り組んでいた

高校生のやる気を引き出す会話術

 選手をサポートするには、コミュニケーションが重要だ。「入学時に保護者も含め全員に説明しますが、高校生なので忘れるし、やる気が落ちることもある。そこで1カ月に1度、1対1で話をして、意識を高めていくのです。数値を見ると成長が見えますから」と奥田さんは話す。

 この日、同じくコーケン・メディケアの担当者、橋本拡平さんと選手とのやり取りが興味深かった。

測定後、1カ月前のデータと比較しながら食事指導を行う橋本さん(左)
測定後、1カ月前のデータと比較しながら食事指導を行う橋本さん(左)

<西畑光瑛主将との会話>
 橋本 「体脂肪が落ちたのに、体重は3キロ増えた。なぜでしょう?」
 西畑 「筋肉です!」
 橋本 「正解! でも、これから暑くなってくる。運動量も激しくなる。練習時間も長くなる。今までと同じ感覚だったら体重は?」
 西畑 「下がります!」
 橋本 「正解! どうやってこの体重をキープするか。今の段階だったらもう少し体重が欲しいね。ご飯は食べてください。筋肉量が1キロ違うだけで、打球は3メートルから5メートルに変わる。たかが2キロじゃない。ここをあげるためにしっかりご飯を食べましょう!」

<椎葉峻外野手(3年)との会話>
 橋本 「何のために食トレをしている?」
 椎葉 「甲子園に行くためです!」
 橋本 「じゃあこの数値だと、何を食べたらいい?」
 椎葉 「豆製品です!」
 橋本 「いつ食べる?」
 椎葉 「お腹が空いたときがいいので、ご飯よりも先に食べます」
 橋本 「正解!」

<ある選手との会話>
 橋本 「あれ? どうした? お菓子食べた?」
 選手 「………あの…、バレンタインでチョコレートをもらいました…!」
 橋本 「あぁ~そりゃあ、仕方ないなぁ(苦笑)」

 時に厳しく、時にはほめる。答えは選手たちに考えさせる。数字が上がった選手とは笑顔でハイタッチ。とても和やかな雰囲気で、自主性を引き出す会話があるから、選手も楽しく食事トレーニングに取り組めているのだろう。

◆鹿児島実 1916年(大5)私立鹿児島実業中学館として創立。48年から現校名に。文理科、普通科、総合学科を持つ。野球部は18年創部。甲子園は春9回出場で96年優勝。夏は18回出場で74、91年に4強。主なOBに定岡正二(元巨人)本多雄一(ソフトバンク)ら。サッカー部、陸上部(高校駅伝)も全国優勝、剣道部、ラグビー部も強豪として知られる。鹿児島市五ケ別府町3591の3。中釜一喜校長。

保坂淑子(ほさか・よしこ)

 フリーライター、エディター。「ヨシネーのひとりごと」(ニッカンスポーツ・コム)も連載中。

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(2018年4月12日付日刊スポーツ紙面掲載)