平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)男子フィギュアスケートで金メダルに輝いた羽生結弦(23)に列島が沸いた。東日本大震災で被災したラーメン店も、地元宮城出身の羽生の五輪連覇を祝福した。羽生が14年に訪れ、名物「石巻五目焼きそば」を食べたことからファンの聖地となっている同県石巻市「東京屋食堂」では17日、店主渋谷明彦さん(57)ら店員も客も、テレビの中の羽生の演技にくぎ付け。右足のけがから復活し、五輪連覇を成し遂げた羽生に「勇気をもらった」と拍手を送った。

石巻市の東京屋食堂には羽生結弦が来店時の写真が飾ってある(撮影・清水優)

 雪交じりの冷たい風が吹く石巻の港に近いラーメン店。客も店員も、羽生のジャンプの度に「よしっ」と声を上げた。4回転トーループで体勢を崩しても「よく踏ん張ったぁ」と大きな拍手が湧いた。金メダルが決まると、渋谷さんは「良かったなぁ」。しみじみとうなずいた。

 14年6月17日。石巻の中学校を訪れた羽生が「石巻を応援できるような食事はないですか」とタクシー運転手に聞き、来店した。店員が気付き、渋谷さんが「もしかして羽生君ね?」と聞くと「はい」。満員の店内がどよめき、即席サイン会になった。「いいんですか」と聞くと羽生は「ぜんぜん構いません」と気さくに応じ、「石巻焼きそばおいしかったです」とサインを残していった。

東京屋食堂で羽生が書いたサイン

 羽生が食べたのは「石巻五目焼きそば」。しばらくして、北海道や神戸のファンが食べに来た。「すごいなと思っていたら、中国、韓国、米国からも来てくれた」。今では羽生ファンの聖地の1つだ。

 11年3月11日。今より海よりにあった店舗兼自宅で被災した。渋谷さんは従業員を避難させ、店に戻った時、津波が来た。車ごと流され、がれきとぶつかり、助手席側がつぶれた。首まで水につかり、死を覚悟した時、以前テレビで見て買った脱出用ハンマーを積んでいたのを思い出し、窓を割って濁流の中へ。流れてきた屋根によじ登り、壊れかけたビルの2階に飛び移って助かった。

 店は基礎しか残っていなかった。それでも11年9月、近くの空き物件で店を再開。東京で修業した父母が石巻に戻って1952年に創業し、地域に愛されてきた店の看板を守り続ける。

 渋谷さんは「体勢を崩した時、よく踏ん張った。石巻も、まだ復興が進んでいないところもある。あの羽生君の粘り強さに、また勇気をもらいました」。さらなる連覇に期待も掛かるが、「いつもその上その上を目指してきたのが羽生結弦。彼ならできると思う」。渋谷さんも、3代目の長男と仲間たちで、店をもり立てていくつもりだ。【清水優】

(2018年2月18日付日刊スポーツ紙面掲載)