食べられるにもかかわらず、食品が廃棄される「フードロス」。「フードロスの現状(上)」に続き、通常は捨てる魚のアラを使った、もう1つの料理「あら~麺」を紹介します。

コクと魚介の香り、黄金色のスープ

 あら~麺は、その言葉通り、普段は捨てられてしまう魚のアラでスープのダシをとった、ラーメン。取材した際は、カサゴやヒラメのアラが使われ、黄金色の澄んだスープができあがった。スープは、コクを感じる半面、魚介の香りも重なり、胃に染み渡る。素材の味がふんだんに引き出されていた。細麺、鶏のチャーシューもいっしょに食べると、素材同士の絶妙な相性も感じた。

「麺屋武蔵」が開発した「あら~麺」。澄んだスープの香りも味も、たまらない
「麺屋武蔵」が開発した「あら~麺」。澄んだスープの香りも味も、たまらない

 開発したのは、かの人気店「麺屋武蔵」(東京・新宿)だ。この日は、特別に外務省内の和食堂の厨房(ちゅうぼう)で麺屋武蔵のスタッフが調理、約100人に供された。

 矢都木二郎社長は「ラーメンはもともと、豚骨や鶏がら、鳥の首の筋など、あまり食べられない食材、廃棄される部分を使い、スープを取る文化がある。その基本は、食材を無駄にしない。フードロスとラーメンは、切っても切れない関係にある」と、話す。

「あら~麺を食べる会」であら~麺を提供する麺屋武蔵の矢都木社長
「あら~麺を食べる会」であら~麺を提供する麺屋武蔵の矢都木社長

 開発のきっかけは、「料理ボランティアの会」の活動で、東日本大震災で被災した宮城県石巻市を訪れた際、他のシェフがメイン料理に使ったタラやアイナメのアラを使い、ラーメンに仕立てたこと。同市の水産高校でも調理指導を行い、その日に地元でとれた新鮮な魚のアラを使い、地元の名物メニューとするためのサポート活動を続けている。

 魚のアラは新鮮さが大事で、1日にとれる量や種類も異なるため、「麺屋―」の店舗でメニューとして出すことは難しいという。あら~麺は、石巻市の「いしのまき元気いちば」にあるフードコート「元気食堂」で、食べることができる。

料理ボランティアの会の活動の一環

 今回、中村氏や矢都木氏が披露した料理は、04年から続く「料理ボランティアの会」の活動の一環だ。04年10月に新潟県中越地震が起きた後、中村氏をはじめ国内の料理界から「何かできないか」との声が上がったのを機に、活動を開始。翌年2月、「おいしいものを食べて元気を出してください」を合言葉に、ジャンルを超えたそうそうたる料理人らが集結。現地で料理のボランティアを行った。

 ふだんなら、なかなか口にすることができないシェフたちの料理を、着席で食する。この取り組みは、「来てもらってうれしかった」と現地の評価を受け、06年には国土交通省から感謝状も贈られた。事務局長の渡辺幸裕氏は「おいしい食べ物の力は大きい。仮設住宅を回った時、自宅に閉じこもりがちだった方もいらしてくれたと聞いて、胸が熱くなった」。

 07年2月、正式に会として発足。11年の東日本大震災の際は、半年後に現地に入った。子どもたちにクレープを焼く教室や出張授業など、これまでの活動は30回を超えている。

 定期的にチャリティー食事会を開き、集まった資金を活動に充てる。食事会では、すきやばし次郎の小野次郎さんも、すしをにぎった。帝国ホテル東京の田中健一郎総料理長が代表幹事を務める27人の幹事団には、中村氏、矢都木氏のほかにも一流ホテルの総料理長や、フランス料理店のシェフ、パティシエらが名を連ねる。震災の風評被害払拭(ふっしょく)へ、福島県の果物を使ったスイーツを編み出す「ふくしまスイーツコンテスト」にも、かかわっている。

 渡辺氏は「モットーは、できる人が、できることを、できるだけ。13年活動が続いた秘訣(ひけつ)です」と話した。【中山知子】

(2017年10月30日付日刊スポーツ紙面掲載)