バドミントン日本代表の強さの秘密は「和食」にあった。日本代表男子シングルス舛田圭太コーチ(37)は、就任した09年以来、日本代表の海外での食環境改善に努めてきた。メダル2つを含む活躍をおさめたリオデジャネイロ五輪代表は、期間中何を食べていたのか。手作り料理でサポートしていた“舛田シェフ”に話を聞いた。

バド日本代表の強さの秘密は「和食」

 女子ダブルス「タカマツ」ペアの司令塔、松友美佐紀(24=日本ユニシス)がリオ五輪決勝前夜に食べていたのは「そぼろ丼」だった。添え物は、もやし肉炒め、わかめと豆腐のみそ汁。作ったのは、舛田コーチだ。

リオデジャネイロ五輪バドミントン女子ダブルスで金メダルを獲得し日の丸を掲げる松友美佐紀(右)と高橋礼華

 「献立を決めるのは、いつも朝でした。残っている食材を見ながら、あるものでという感じです。松友が食べたこの夕食は、準決勝の朝にそぼろを煮て、夜に食べられるようにしておきました。あと、もやしと豚肉が残っていたので炒めて。もう終盤で、食材調整に入っていたので(笑い)」。

リオ五輪女子ダブルス金メダル松友美佐紀が、決勝前夜に食べた夕食。 そぼろ丼、肉もやし炒め、豆腐とわかめの味噌汁

選手支える食事担当は舛田圭太コーチ

 五輪期間中、日本選手は選手村の食堂の他、国独自の支援施設「ハイパフォーマンスサポートセンター」や味の素が運営する「Gロードステーション」でいつでも和食を食べることができる。そのため、当初の予定では、選手に手料理を用意する予定は無かったという。だが、舛田コーチら日本バドミントン協会スタッフ6人が生活するアパートは選手村のすぐそば。体のケアや、洗濯のためにアパートを訪れる選手が、合わせて食事もとるようになり、自然と「食堂化」していった。

バドミントン日本代表の食を支える舛田圭太男子シングルスコーチ

 ほとんどの選手が他の場所と半々で使う中、松友だけがほぼ毎日ここで食事をしていた。「リクエストは無く、こんなんでいいのかなと思いながら作ってましたが、おいしい、おいしいと食べてくれました」。

 「自分が食べたいので、みんなを巻き添いにしています」と、舛田コーチが作るのはもっぱら和食だ。

 「選手村からバスで1駅乗り、そこから歩いて10分程のオリンピックパーク向かいに日本食材を扱うお店があったのは事前の視察で分かっていました。そこで日本人が好む白菜や大根、もやしなどの野菜、豆腐、納豆、油揚げなどの食材や調味料などが買えたので、日本から持参した物を合わせて毎日作っていました」。

人気はカレー、手っ取り早いのは鍋

 作ったメニューは、カレー、うどん、煮物、豚汁、ざるそばなどバラエティーに富む。カレーは特に好評で、鍋3つ分をまとめて作ってすぐ“売れた”。

 「普段家では、全く料理やらないんですよ。でも、だしを持っていけば、ある程度料理はできる」。味付けは持参した麺つゆ、みりん、塩、砂糖などでシンプルに。気取らない味が、かえって選手にうけた。ただ、試合の日程などで作る時間が十分に取れない時も。そんな時に頼るのが鍋だった。

リオ五輪中、アパートのキッチンで料理をする舛田圭太コーチ

 「手っ取り早いのが鍋。10分でできる。海外だと(味の素の)鍋キューブが軽くていいですよ。急ぎのときは大きなおわんに野菜入れて、水入れて鍋キューブ1個入れて、それで食べられるので。リオで松友は朝ごはん、それを食べていました。選手村のサラダコーナーの野菜を入れて、鍋キューブ入れてチンして」。

 日本から用意してきた米やみそなどの食材は、ほとんど選手のおなかの中へ。「食事がうまくいけば、大体うまくいく」の舛田コーチのモットー通り、代表9人は普段通りの力を発揮。女子ダブルス金、女子シングルス銅のメダル2つ、入賞3と歴史に残る成績をおさめた。

米70キロ、水100リットルを日本から持参も

 バドミントン日本代表は年に約240日を海外遠征に費やす。基本的には個人戦で、スケジュールもバラバラのため、普段は選手各自が用意するが、団体戦や世界選手権など大きな大会の時には舛田コーチが、日本食を用意するため奔走する。

16年5月、国別対抗戦トマス・ユーバー杯でのひとこま。選手は弁当のご飯の上に、舛田コーチ持参の漬け物を選んでのせる

 「僕が(09年に)コーチになる前は、食事は本当に行き当たりばったりで。現地に入ってから食事の場所を調べて、『いいや、ホテルのビュッフェで』とか。そういう状況でした。それでは、なかなか力が出ない。できるだけ日本の食事と同じものを食べさせてあげたいと思いました。2010年、マレーシアで行われた(国別対抗)トマス・ユーバー杯、それがコーチになって初めての団体戦だったので、現地の人に聞き、日本食の弁当を注文できるところを探しました。それが好評だったので、2013年の世界選手権、2014年のロンドン五輪でも引き続きその弁当方式を続けました」。

 舛田コーチは、1人1人個別にメニューを聞き弁当を注文するだけでなく、なめたけ、しば漬け、サケのフレークなどごはんの友を持参し、白飯の部分に好きなものをかけられるようにする。食事で気分を上げてしてほしい、という計らいだ。

 「食事がしっかりしていれば、選手の顔が違います。ストレスが無く、疲れた顔にならない。ロンドンぐらいからこの方法をやり始めて、やっぱり選手が喜んで食べてくれる。睡眠とかケアより、食事の部分がうまくいけば、選手のパフォーマンスは良くなる」。

16年5月、国別対抗戦トマス・ユーバー杯の時に舛田コーチが作ったおにぎり

 リオ五輪もそうだったが、日本食レストランが近くにない、あるいは、おいしい水や米が手に入らない場所では、できるだけ日本から米、水を持参し、おにぎりを作る。日本男子が初優勝した12年のトマス・ユーバー杯では米70キロ、水100リットルを用意した。

 「選手たちはよく米食べます。男女の団体戦の時は計20人ぐらい行くので、1日朝一升炊いておにぎり作って、その後すぐ昼ごはんのためにすぐ炊いて。1日3升炊いてました」。

 弁当の手配も、おにぎりも、できる限り続けるつもりだが「やるのは僕しかいないので、いっぱいいっぱいです」と笑う。「他の競技団体は料理を作る人連れていくとか聞いたりします。将来的にはそうなり、いろんな人がバランスを考えて、作ってくれるようになると非常にありがたい」。日本代表専属シェフの予定はなく、舛田コーチの「食事担当係」はしばらく続きそうだ。【高場泉穂】