<体力の正体は筋肉/第3章:筋肉は使わないとすぐに衰える“怠け者”(2)>

筋肉は“怠け者”、使わないとすぐに衰える

体を動かさないために、エネルギーの消費がとても少ない状態が、「身体不活動(physical inactivity)」です。これによって生じる筋量の減少と筋力の低下が著しいのは、上半身よりも下半身の筋肉です。

被験者を長期間ベッドの上で寝たままにして、食事もトイレもベッドの上で行って体にどのような影響が出るかを調べる「ベッドレスト」と呼ばれる実験があります。

この実験によって、わずか3週間ベッドから降りない生活を続けただけで、下半身の筋量は2~10%減少し、筋力は男女ともに平均で20%低下してしまいました。

なかでも、ふくらはぎにある下腿三頭筋の筋量の減少率が著しく大きかったという結果が出ました。

下腿三頭筋は、つま先立ちをしたときやジャンプ動作のときにおもに働く「腓腹筋」と、つま先立ち、直立姿勢の維持、長時間起立するときにおもに働く「ヒラメ筋」のことです。腓腹筋の先にある腱が合流したものが、私たちがよく名前を知っているアキレス腱です。

このような体を動かさない実験で特に大きな影響を受けるのが、体にかかる重力に対抗して直立姿勢を維持するのに重要な働きをする「抗重力筋」と呼ばれる筋肉群です。

上半身では、脊柱起立筋群、腹横筋、僧帽筋など、下半身では下腿三頭筋をはじめ、大腿四頭筋、ハムストリングス、大殿筋、腸腰筋などです。

長期間、無重力の空間に滞在することになる宇宙飛行士にとって、特に下半身の筋量の減少と筋力の低下は切実な問題です。筋肉を構成するたんぱく質(筋たんぱく質)は、常に合成と分解をくり返していますが、宇宙空間ではそのバランスが崩れ、合成量が減って分解量が増えるために筋量が減り、それにともなって筋力も低下してしまいます。

宇宙飛行士にとって、宇宙滞在中に足腰を踏ん張るウエイトリフティングに似た運動、自転車エルゴメーターやトレッドミルを使った有酸素運動など、毎日の運動が欠かせないといわれるのは、こうした理由によるものです。

このように、筋肉は使わないとまたたく間に衰えてしまうたいへんな“怠け者”であることを、ベッドレスト実験や宇宙飛行は教えてくれます。

上半身より下半身の筋量のほうが減りやすい

昔から、「老化は脚から」とよくいわれてきました。

年齢を重ねるにしたがって、すぐによろけたり、つまずいたりして「最近、足腰が弱くなったなぁ」と感じる人が多いのは、上半身と下半身の筋量の変化を比較した図を見ても明らかです。男女ともに、上半身より下半身の減少率が高いのがはっきり分かります。

ベッドレストの実験で筋量の減少率が著しかったのは下腿三頭筋でしたが、大腿四頭筋も同じです。

大腿四頭筋は太もも(大腿部)の前側にある、大腿直筋・外側広筋・中間広筋・内側広筋の4つの筋肉の総称で、ひざ関節の屈伸に大きな働きをします。

体重1㎏あたりの大腿四頭筋の筋量は、20代の平均が25g、70代の平均が15gといわれていますが、もしこれが10gを下回ってしまうと体を支えるのが困難になって転倒しやすくなります。

直立姿勢を保ち、歩く動作にも重要な働きをするこれらの筋肉が衰えてしまうと、徐々に転倒のリスクが高まっていきます。敷居やカーペットといったほんのわずかな段差にもつまずき、転倒して骨折などの大ケガをすれば、寝たきりになりかねません。

これは、けっして大げさな話ではなく、介護が必要となってしまった原因として上位にランクインしているのは、意外なことに骨折や転倒なのです(『平成25年国民生活基礎調査の概況』厚生労働省)。

衰えるのは体幹の筋肉も例外ではない

下半身の筋肉に加えて、体力を支えるのに大きく関係しているのが、体幹(部)の筋肉、体幹筋です。

体幹は、まさに「体の幹(軸、コア)」、首から上の頭頸部と両腕(上肢)と両脚(下肢)を除いた部分、体の重要な臓器が納まっている胴体を指します。

胴体といっても、胸からおなかにかけて、背中から腰まわり、おしりにかけてのもう少し狭い範囲、筋肉でいえば、上は横隔膜(これも筋肉です)から下は骨盤底筋に囲まれた部分を体幹という場合もあります。

体幹筋には、
おなかまわりのいわゆる腹筋(腹直筋、腹横筋、腹斜筋)、横隔膜
背中まわりの多裂筋、脊柱起立筋、広背筋、僧帽筋
腰まわりの腸腰筋(大腰筋、腸骨筋、小腰筋)
おしりまわりの大殿筋、骨盤底筋
などがあります。

体の表面近くにあって体を動かすのがいわゆる表層筋(アウター・マッスル)、体の深くにあって体を支えて安定させるのが深層筋(インナー・マッスル)です。

体幹には、直立した姿勢を支えるとても重要な役割があります。

直立していると、一番上にある重い頭や体にかかる重力はすべて下の方向に向かっているためにバランスが取りにくく、しかもその状態で歩いたり運動したりするので、全身を確実に支えていなければなりません。その重責を担っているのが、体幹なのです。

そのために、体幹をきたえるといった場合に対象となるのは、深層筋のほうです。

ベッドレスト実験で特に大きな影響を受けるのは抗重力筋で、もちろんそこには体幹筋も含まれます。

使わなければ機能が衰えてしまう怠け者なのは、体幹筋も例外ではありません。

特に、腰まわりの大腰筋の筋量は、20歳のときを100%とすると、40歳代でその約80%、70歳代ではその約50%にまで減ってしまいます。

大腰筋は、脊柱(背骨)と大腿骨とをつないでいる筋肉で、牛や豚などでいえばヒレ肉にあたります。脚を引き上げて前へ押し出す働きをするため、二足歩行の人間にとってはとても重要な筋肉で、この筋量が減ってしまうと歩幅に大きく影響し、歩くときにすり足になって転倒しやすくなります。

幹が細い木は、ちょっとした風でもゆらゆらしてすぐに倒れてしまいそうですが、幹が太ければその心配もなくなります。人間も同じで、体幹筋をきたえれば安定した姿勢を保てるようになります。

(つづく)

※「体力の正体は筋肉」(樋口満、集英社新書)より抜粋