<体力の正体は筋肉/第1章:だれにも避けられない体力の衰え(3)>

体力をつけるのはなんのため?

最近、「健康寿命」という言葉をよく耳にしませんか。

2000年にWHO(世界保健機関)が提唱したもので、「健康上の問題で日常生活が制限されることのない期間」という意味で使われています。

2013年時点での日本人男性の平均寿命は80・21年、日本人女性の平均寿命は86・61年。同じ時点での健康寿命は、男性が71・19年、女性が74・21年です(『平成27年版高齢社会白書』内閣府、『健康日本21(第二次)』厚生労働省)。

平均寿命と健康寿命との間には、男性は9・02年、女性は12・4年の開きがあります。男女どちらも10年ほどのこの開きは、WHOの定義を裏返して言えば、「健康上の問題で日常生活に制限が出てしまった健康でない期間」ということになります。

この健康でない期間が長くなるほど要介護のリスクが高まり、精神的、肉体的な負担ばかりでなく、医療費や介護費といった経済的な負担もより大きくなってしまう懸念があります。

超高齢社会においては、社会全体として平均寿命をただのばせばいいというのではなく、「日常生活に支障がなく丈夫で長生き」という意味の健康寿命をのばして、平均寿命との差をできるだけ短くすることが望まれています。

しかしながら、自分が将来、いつどのようなケガをしたり、病気にかかったりしてから、どのくらいの期間を経て最期を迎えるのかはだれにも分かりません。

長野県は、「健康で長生きし、病気に苦しまずにコロリと死のう」という「ピンピンコロリ運動」の普及に力を入れていますが、そう願ったとしても、すべての人がかなえられるとは限りません。

はっきりいえるのは、大半の人は年齢を重ねるにつれて体力が衰え(その状態を「虚弱」「フレイル:frailty」といいます)、なんらかの病気にかかり、いつかは必ず最期を迎えることはだれにも避けられない、それが事実だということです。

そこで、私が少し気になっているのは、「健康寿命」という言い方です。

若い人なら、健康診断でなんの異常も見つからなければ健康といえるでしょうが、40歳を過ぎたあたりから「要経過観察」の項目が少しずつ目立つようになり、やがては「再検査」「治療」にいたるといったように、異常がまったく見つからない中高齢者はごくごく稀ではないでしょうか。

たとえば、高血圧症で降圧剤を飲み続けていたり、がんや糖尿病にかかっていたりする患者さんは「完全な健康状態にある」とはいえません。

そうした病気を抱えながら、あるいは「亜健康」と呼ばれる、健康とも病気ともいえない体の不調と上手に付き合いながら、長期にわたって周囲に面倒をかけず、日常生活も制限されずに、可能な限り“自立した”生活を送っている人はたくさんいます。

そうした現実を踏まえれば、検査の数値を基準にして健康であるかどうかというより、むしろ自立した生活を送れているかどうかのほうが問われることで、その意味で健康寿命というより「自立寿命」と言ったほうが適切ではないかと思うのです。

健康寿命というより「自立寿命」をいかに長く伸ばせるか/体力の正体は筋肉(3)

自立寿命を、どれだけ長くのばせるか―。

そのためにできることは、第一に運動やトレーニング、食事によって筋肉をきたえて体力をつけ、衰えてしまった体力を回復させることです。 ポジティブに生き抜く指針

年齢を重ねることをネガティブ(否定的)なものとしてとらえるのではなく、ポジティブ(肯定的)に、アクティブ(活動的)にとらえようという研究者がアメリカにいました。

1998年に、『年齢の噓─医学が覆した6つの常識』(関根一彦訳、日経BP社)を出版したジョン・W・ローウェ(John W. Rowe)博士とロバート・L・カーン(Robert L. Kahn)博士の2人です。

生理的な老化を、「普通の老化(usual aging)」と「成功した老化(成功加齢:successful aging)」の2つに分類し、これまでの老いの6つの常識(通念)を覆して、「成功した老化」を促進するにはどうしたらいいかを提唱したのです。

老いの常識として挙げたのは、
①高齢者は病気がちである
②若くないと新しい技術はマスターできない
③今さら健康な生活をはじめたところでもう遅すぎる
④老化は遺伝的、両親は選べないからあきらめるしかない
⑤性的な関心は年齢とともに衰えるいっぽうだ(明かりはつくが電圧は低い)
⑥高齢者は社会のお荷物である
 の6つです。

どれも誤解やネガティブな思い込みであると指摘したうえで、豊かに年齢を重ね(健康的な加齢:healthy aging)、自立した生きがいのある暮らしを楽しむためには、ポジティブな概念を導入する必要があることを訴えています。そして、次のような3つの要因を挙げています。

①病気や障害の原因となる危険因子を少なくする
②認知機能(心)と身体(運動)機能を良好に保つ
③人や社会と積極的に関わる

重要なのは、これらの要因それぞれが相乗効果を生み、それによって自信(自己効力感、自分の能力に対する自己評価、セルフ・エフィカシー:self-efficacy)や生きがいにつなげることができるかどうかにあります。

(つづく)

※「体力の正体は筋肉」(樋口満、集英社新書)より抜粋