<全国大学ラグビー選手権:天理大55-28早大>◇決勝◇11日◇東京・国立競技場

“無名の男”が日本一の主将になった。初優勝を飾った天理大フランカーの松岡大和主将(4年)は部員168人をまとめ上げ、関西勢36大会ぶりの頂点に押し上げた。

天理大対早大 試合後、天理大キャプテンの松岡は涙ながらにインタビューに応じる(撮影・滝沢徹郎)

準決勝2日前の大みそか。小松節夫監督(57)は松岡をこう評した。

「『天理で勝ちたい。強いチームでラグビーをやりたい』。そんな思いを持って来た選手ですからね。小さくても、よくタックルにいっていました」

出身校は花園出場経験のない兵庫・甲南高。天理大と巡り合ったのは高校2年生の時だった。兵庫県予選に足を運んでいた天理大の八ッ橋修身コーチから関係者に問い合わせがあった。

「甲南高校の松岡くん、うちに来ないですかね?」

神戸製鋼でも活躍した元日本代表FBの目に、身長177センチが留まった。松岡は二つ返事だった。

「はい、行きます!」

ラグビーを通じて、人間性を磨いた。甲南中時代は反則を取られると「何でやねん!」とボールをたたきつけた。甲南高で定期的に指導を担当し、ニュージーランド(NZ)のクライストチャーチで生活する樫塚安武さん(44)はその姿を見た。「元気やな。NZに来るか?」と声をかけた。

中3の少年は長期休みを使い、NZにやってきた。

本場の空気は松岡を育てた。取りえは元気。英語が話せなくても、勢いでとけ込んだ。ハードタックラーは信頼を得て、現地の仲間に「ヤマ」と呼ばれた。高校入学後も家族を説得し、春、夏と休みごとに同地に向かった。クラブチームではカテゴリーを問わず、出られる試合は全て出た。スーパーラグビーの強豪「クルセーダーズ」が練習していると、食事を片手に、クールダウンまで見続けた。

天理大対早大 後半、攻め込む天理大CTBフィフィタ(右)とフランカー松岡(撮影・滝沢徹郎)

ラグビーに対する情熱は出会いを生んだ。甲南高の主将を務めた16年。樫塚さんの仲介で、帝京大の主将として大学選手権7連覇に導いた日本代表フッカー坂手淳史(27=パナソニック)とクライストチャーチで食事を共にした。ハンバーガーをほお張りながら、松岡は無我夢中で質問した。

「チームって、どうやってまとめていましたか?」

翌年には日本代表経験を持つパナソニックSO山沢拓也(26)や、ロックの長谷川峻太(27)と出会い、体作り、ケアの重要性を教わった。樫塚さんは言う。

「彼らから『大和、頑張っていますね』と連絡がきます。チャンスをつかみとりにいく行動力ですよね」

高校時代の実績は関係ない天理大。高3の秋、兵庫県予選準決勝で報徳学園に10-57で敗れた男は、大学で日本一の主将になった。

天理大対早大 前半、早大から反則を取り叫ぶ天理大フランカー松岡(中央)(撮影・滝沢徹郎)

「自分たちだけじゃなく(天理大の)先輩たちも悔しい思いをしてきた。チャレンジャーとしての意地を見せていきたい」

そう願い、努力した男の思いは実った。【松本航】

(2021年1月11日、ニッカンスポーツ・コム掲載)