ソフトバンク高橋純平 心配しないでしっかりやってるよ

ソフトバンク高橋純と母の奈穂子さん
ソフトバンク高橋純と母の奈穂子さん

毎年ですが、今年も花を贈りました。昨年1人暮らしを始めて、家事の大変さや、母の作るご飯がいかにおいしかったかということをあらためて感じます。母はかなり心配性なので、よく連絡をくれるんです。そんなに心配しないでも、しっかりやっているよ。でも、もっと安心させてあげられるように、早くケガを治して活躍しないといけないなと思います。

ヤクルト・サンタナ 一番の思い出は一緒に海行ったこと

ヤクルト・サンタナ(撮影・横山健太)
ヤクルト・サンタナ(撮影・横山健太)

ドミニカの母の日では、プレゼントを贈ってごちそうするのが基本です。お母さんは気が強くて優しく、場合によって厳しかったです。一番の思い出は海へ連れて行ってくれたとき。日本でプレーしていますが「大好きだよ、また会うのが楽しみだよ」というメッセージを送りたいです。

西武平良海馬 料理は本当に全部おいしかった

西武平良海馬(撮影・屋方直哉)
西武平良海馬(撮影・屋方直哉)

僕のお母さんとの思い出といったらご飯のことです。料理は本当に全部おいしかった。ずっと野球をして帰りが夜遅いから、ほとんど一緒に食べることはなかった。けど毎日練習から帰ってくると、ご飯をつくって待っていてくれました。本当にありがたかったです。なのでプロに入って1年目の母の日は、調理器具セットをプレゼントしました。怒られたことも野球のことで何か言われたこともいっさいありません。自由に野球をやらせてもらいました。こういう感謝の気持ちを自分の口で伝えたことがなかったので、この企画を通して伝えられたらと思います。

中日マルティネス お母さんの料理ではコングリが好き

中日対広島 9回表、中日2番手で登板するRマルティネス(撮影・森本幸一)
中日対広島 9回表、中日2番手で登板するRマルティネス(撮影・森本幸一)

僕のお母さん(クラリベル・ペレス・パドロンさん=52)は真面目な、楽しい人です。全部がいい思い出ばかり。1つを挙げると、初めてお母さんと外食した時かな。お母さんがすごく楽しんでいたので、忘れられない日です。お母さんの料理ではコングリ(豆チャーハン)が好きで、いつも作ってくれます。キューバにいるお母さんとは、ほぼ毎日、電話で話します。いつも「大丈夫か?」「気をつけてね」と言ってもらってます。日本には2回連れてきました。シュラスコ(ブラジル料理)の店で、お肉をいっぱい食べました。(日本の)焼き肉も一緒に食べにいきましたね。

オリックス吉田正尚 僕をうまくサポートしてくれた

ロッテ対オリックス 試合前、愛犬と愛猫の刺繍が入ったピンクのグラブで練習に臨むオリックス吉田正(撮影・垰建太)
ロッテ対オリックス 試合前、愛犬と愛猫の刺繍が入ったピンクのグラブで練習に臨むオリックス吉田正(撮影・垰建太)

普段は口下手なので、あまり言わないですけど…。高校から寮に出て、大学も東京で、今も大阪で。好きなことに貪欲に、ノビノビやらせてもらってます。(実家では)ユニホームとかスパイクとか、自分でやるタイプではなかったのでね(笑い)。母親任せで甘えて…。遅刻ギリギリで車で送ってもらったり。優柔不断だった僕を、うまくサポートしてくれた。本当にありがたい存在です。

広島中村奨成 母の言葉が僕を支えてくれた

広島中村奨成(撮影・浅見桂子)
広島中村奨成(撮影・浅見桂子)

母には本当に迷惑ばかりかけてきました。小学校からずっと野球をやらせてもらって、ひとり親で部費とかも大変だったと思います。小学生のときには「野球を辞めたい」と伝えたこともありましたが、「ここで逃げちゃだめでしょ」と励ましてくれました。広陵で1年から正捕手番号の「2」をもらったときはすごく不安だったのですが、そのときも「誇りを持ってやらないといけないよ」と背中を押してくれました。自由に野球をやらせてもらいながら、心が折れそうなときはいつも母の言葉が僕を支えてくれていたと思います。プロになり、ようやく試合に出る姿を見せることができましたが、まだまだ。たくさん迷惑をかけてきた分、もっと1軍の試合に出て、優勝する姿を見せたいと思います。

日本ハム玉井大翔 スコアを書く勉強してくれた

日本ハム玉井大翔(撮影・黒川智章)
日本ハム玉井大翔(撮影・黒川智章)

小学校高学年の時、少年野球チームで父が監督、母がスコアラーでベンチ入りしていた時がありました。母が野球のアドバイスをしてくることが、本当はすごく嫌だったんですけど、できるだけ口を出さないようにしてくれていました。学生時代に野球部のマネジャーをしていたわけじゃないので、スコアを書く勉強をしていたんだと思います。母の日のプレゼントは、期待していないはずです。僕が元気に野球をやっていることが1番、喜んでくれるのかなと思います。

DeNA阪口皓亮 自分よりも僕を大切にしてくれた

DeNA阪口皓亮(中央、撮影・横山健太)
DeNA阪口皓亮(中央、撮影・横山健太)

保育士の母(京子さん=46)を誰よりも尊敬しています。育てていただいた恩は一生忘れない。自分よりも僕を大切にしてくれた。母は反対していたけど、大阪から、高校で北海道に行った。母子家庭で金銭的に厳しかったと思う。後で知ったのですが、お兄ちゃんも妹もほしいものを我慢していた。僕には野球道具とか、心配させないように「分かったよ」と仕送りしてくれていた。プロになって、誕生日には目や足のマッサージ器を送った。母の日はカーネーションとか、誕生日が同じキティちゃんのぬいぐるみ。仕送りしようと思うけど、まだ「あんたからもらえない」と言われると思う。もう少し稼いで、できるようになります。

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