大相撲の正代(28=時津風)が9月30日、大関昇進を果たした。新大関は今年3月の朝乃山以来で、時津風部屋からは元理事長の豊山以来57年ぶり。熊本県出身では62年7月の栃光以来58年ぶりとなった新大関の素顔とは? 母の理恵さん(56)に幼少期からの歩みを聞いた。

大関昇進の伝達を受ける正代。左は時津風親方(元前頭時津海)のおかみさん。右は枝川親方(元蒼樹山)(代表撮影)

大関昇進伝達式には正代の両親も同席した。父巌さん(60)は「ドキドキは今まで以上です」。母の理恵さんも「こういう場にいるのが夢のよう」と初優勝と大関を一気にかなえた喜びに、ともに浸った。

幼少期の正代は「ビッグベビー」だった。3500グラムで生まれ、そこからすくすくと成長した。母理恵さんは「母乳が足りなかった」と振り返る。片方のお乳を飲み尽くし、もう一方を完飲しても足りずに泣きやまない。離乳食も早く、食べて成長して生後11カ月で歩き回った。祖母の正代正代(まさよ)さん(91)が作る煮物が大好物で、1歳で1升の餅を担いだ。強い足腰の土台は食だった。

母は「小さい時は素直でおとなしい、人の言うことを聞く子どもでした」。恵まれた体格を誇りながら、闘争心がない。理恵さんは「(家で稽古は)ないない、全くない。相撲にまじめじゃなかったんです」。家でゴロゴロしながら、アニメを見るのが至福だった。東農大1年時には「もう帰りたい」と泣き言を言ったという。「大学の相撲部は1年生がやはりきついらしいです。2年になってからは何も言わなくなりました」と理恵さんは振り返る。

大関昇進の伝達を受け、父・巌さん(左)、母・理恵さん(右)と写真撮影する正代(代表撮影)

争うことが嫌いな少年が究極の競争社会、相撲界でもまれて強くなった。この日、母の理恵さんは「すごい優しい、気遣ってくれる息子です。偉業を成し遂げたんだと、しみじみ感じます」。心も体も大きく成長した姿を信じられないようにながめていた。【今村健人、実藤健一】

(2020年10月1日、ニッカンスポーツ・コム掲載)