5月の第2日曜日は、母の日でした。多くの選手、監督たちの母への思い、エピソードを紹介します。どんな時代でもどんな年齢でも、感謝の気持ちは変わりません。

お母さん、ありがとう-。

ロッテ佐々木朗希投手(18)

ロッテ佐々木朗希

東日本大震災で父を亡くし、母陽子さんに女手ひとつで育てられた。小学4年の母の日。近所の100円ショップでタオルハンカチを買い、贈った。恥ずかしがり屋だから、照れながら。「とても喜んでくれたのを鮮明に覚えています。値段ではなく、プレゼントをするという気持ちが大事だと思いました」。

小5の母の日は、一家念願の新居で。こっそり買ったロールケーキをガレージに隠し、夕食後に渡した。昔からサプライズ好き。誕生日が母の日に近い陽子さんには、次男・朗希ら3兄弟で感謝と祝福の気持ちを伝え続けてきた。

ちょうど1年前は、練習試合で7回16奪三振。今年の母の日、マウンドの勇姿はテレビを通じてでも見せられない。来年5月は、サプライズ級の好投を見せられると信じ、鍛錬に励む。「本当に感謝しています。ありがとう」。400キロ離れていても、心はひとつ。

ソフトバンク高橋純平投手(23)

15年11月、ソフトバンクと契約に合意した県岐阜商・高橋純平は母奈穂子さんと笑顔で写真に収まる

母はよく人から「天然」って言われます。あんまり深く考えすぎないタイプなんですが、基本的には誰にでもやさしい。結構、多趣味で絵が好きで日本画も描いたり、着物の着付けの先生でもあるんです。今回、コロナのことで外出自粛になり、自分に画材道具を送ってくれました。本格的な油絵なんで、まだ下書き程度ですが…(笑い)。

母の日は例年同様、花を贈るのと、今年は姉と2人で少し大きめの家の冷蔵庫を買ってあげます。

母だけでないんですが、昔から、かわいがられて育ててもらったなと思ってます。プロ入りしてからほとんどキャンプにも来てくれてます。ボクがオフで帰省して福岡に戻る時は空港まで送ってくれるんですけど、泣くんです。よく泣くお母さんです。でもそんな姿を見ると、自分も頑張らないといけないなと思う。今年もしっかり1軍で投げている姿を見せることが一番の親孝行だと思っています。

西武金子侑司外野手(30)

西武金子侑司

母には僕を生んでくれて、育ててくれて本当に感謝しています。今までの人生でたくさんのわがままを聞いてもらいましたし、何ひとつ不自由なくやらせてもらいました。今でも実家に帰るとホッとします。ものすごく叱られたりというのはないんですが、僕が悩んだり苦しんでいるとき、それを感じてあえて普通に接してくれていたんだと思います。それが本当に安心するというか…。

ひと言で言い表すと「本当に優しい人」。それは誰に対してもなんです。友達や家族以外の人たちにも、分け隔てなく家族のように大事にして、接する人です。例えば、僕がこうして実家を出てからも、なぜか僕のいない実家には地元の友達が来ているようで(笑い)。料理を作っておもてなしをしているようです。母の料理は全部おいしいから。特にグラタンが最高。実家に帰ると、土瓶蒸しまで出てきます(笑い)。

プロになってもう8年。僕の夢を静かに応援してくれています。本当に尊敬しています。1日でも長く元気でいてほしい。そして一緒に過ごせるときは過ごしたい。だから昨年の優勝旅行ではハワイへ一緒に行きました。買い物をしたり、できるだけ一緒に過ごして本当に楽しかった。でも、まだまだ恩返しはしきれません。

日本ハム・ニック・マルティネス投手(29)

結婚式で母アナベル・マルティネスさんと腕を組んで歩く日本ハムのニック・マルティネス投手(左)(球団提供)

母親は僕にとって「意思の力」の先生です。これまでの人生、何度も母親が僕の野球に対する自信をつけてくれましたし、野球に限らず何事も努力をすれば勝ち取れないものなどないと教えてくれました。自分の精神的な強さは、すべて母親譲りかもしれません。

小さい頃から野球が大好きで、母親もそれに気付いていたので「野球だけに集中をして、しっかり努力をしなさい」と何度も言われてきました。母親は美容スパを経営していることもあり、実際のところは僕が歯科医になるように育てたかったようなのですが、スポーツ推薦で大学に入った時点であきらめてくれたみたいです(笑い)。

ファイターズからオファーがあり、初めて日本でプレーする決断をする時も「異文化に触れることは成長ができる良い機会だ」と後押しをしてくれました。シーズン中はなかなか会えることができなく寂しいですが、母親は今でも心の支えです。

巨人今村信貴投手(26)

家族旅行で訪れたパルケエスパーニャで記念撮影した巨人今村と母百代さん(本人提供)

去年の12月に長女が生まれて、親の大変さとありがたみを感じています。おかんはパートをしながら、いつもおいしい弁当を作ってくれたし、感謝の気持ちしかないです。思い出といえば、よくけんかしたのを覚えています。中学までは、しばかれたりもして(笑い)。

1つだけ、今でも後悔してることがあります。中学の時にけんかになって「お前はご飯作っとけばええねん」と捨てぜりふを吐いてしまった時があって。ずっと頭にあって、ほんまに申し訳ないなと思っていますし、絶対に言ったらあかん言葉やったなと。

(両親ともに)野球の経験はなかったんですけど、小学生の時は夜にマンションの前で練習に付き合ってくれた。手袋で丸めたボールを投げてくれたり、今思えば本当に大変やったやろなと思います。今こうして、プロ野球選手になれたのは2人のサポートのおかげです。

でも、まだプロ入り前に誓った2人の家を建てる夢はかなってません。もっと活躍して、いつかプレゼントしたいです。小学生の時から僕がずっと野球をしていたので、旅行にも行けなかったと思います。オフには家族みんなで旅行に行きたいですね。

最後に。年末年始で帰省した時、いつも別れ際に泣きます(笑い)。もう今年で8年連続。僕を大事に育ててくれたんやなと思います。照れくさいですけど、おとんとおかんに育ててもらって、幸せやなと思います。ほんまにありがとう。

DeNA伊藤光捕手(31)

DeNA伊藤光

少年野球のころから、母親に手厚いサポートを受けていた。「小学校高学年と中学3年間は、家から1時間ほどかかる野球チームに所属していまして、ほぼ母親に車で送り迎えをしてもらっていました。母親はマラソンをやっていたこともあり、試合の日の車中ではメンタル的な話をしてもらったり、試合の振り返りなどをしたことも思い出です」という。

「おふくろの味」について問われると「母親は秋田出身なので『きりたんぽ鍋』が大好きです。今も帰省した際は、必ず作ってもらっています」と明かした。

毎年、母の日には「お花を贈らせてもらっています。昨年は母の日(5月12日)に本塁打を打つことができうれしかったことを覚えています」。今季はコロナ禍で開幕延長。試合での活躍は見せられなかったが、母への感謝は忘れない。

DeNA三嶋一輝投手(30)

DeNA三嶋一輝

母から怒られた記憶はあまりないです。高校の時はほとんど毎朝、車で送ってもらいました。5時40分の始発に乗らなきゃ朝練に間に合わないところを「眠いから送って」と。車だと6時に家を出てギリギリ間に合った。すごく迷惑かけたけど、それでも嫌な顔もせずに。

プロになったときは、すごくクールな感じで、僕の前ではうれしそうなそぶりを見せなかった。でも入寮のときに母に手紙を書いたんです。「プロ野球選手になりました。野球をやらせてくれてありがとう」と。それを読んで泣いていたと妹から聞いて、書いて良かったなと思いました。

自分が結果が出ず苦しいときは、母も気にしていたんだろうな。今も試合は見られないらしくて(球場に)来ても僕が投げるときはトイレに行くみたい。僕の赤いグラブが見えたらすぐ行くらしいです(笑い)。

母が自分の母じゃなかったらプロ野球選手になれていないと思うし、自分は幸せじゃないと思ったことがない。それは母がいてくれたことが一番だと思う。母が親で良かったなとすごく感じています。これからも「ありがとう」だし「よろしくお願いします」です。

ヤクルト梅野雄吾投手(21)

ヤクルト梅野雄吾

母には、感謝の思いしかありません。小さい頃、父に怒られたときに慰めてくれたのは母でした。優しかったですね。

僕は4人きょうだいの長男で、大学生の妹と、中2の双子の弟がいます。中学生の頃は毎日、夜8時、9時ごろまで野球の練習がありました。普段は自転車で通っていたのですが、本当に体力的にきつい時は母が車で迎えに来てくれました。弟たちが小さくて大変だったと思いますが、車の中ですぐに栄養補給できるようにと、ご飯の上に焼き肉を乗せたスタミナ丼とみそ汁を作ってくれていて、とてもありがたかったです。

九州産高では、寮生活でした。家族には週1回、練習試合が組まれている日曜日に会えるんですけど、母は毎週、おいしいお弁当を作って会いに来てくれました。週1回でも、家族に会ってお弁当を食べられたことで元気が出て、頑張ることができました。今は弟たちが野球をやっているので、グローブをプレゼントしました。僕の時と同じように、母は練習後の食事に気を使ってくれているようです。まだ子育てが大変だと思うので、野球で恩返しをしたいと思っています。

ヤクルト池山隆寛2軍監督(54)

ヤクルト池山隆寛2軍監督

母広子さんは、17年5月6日に77歳で他界。現役時代に1人暮らしをしていた際は、食事面をサポートしてくれ、白米が好きな息子に、炊きたてを用意するのがこだわりだった。

日本シリーズでは、スタンドに駆けつけてくれた。「ヤクルトに戻って来られたので、もう1度ユニホーム姿を見てほしかった。今、自分が野球をできていることを、一番喜んでくれていると思います」と明かした。

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